しがないバイトです。
□第四章
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何が食べたいかと聞いたら、何が作れるのかと聞き返された。
「う〜ん、スパゲッティとかどうかな」
これは俺の独り言だ。
ここは尾西の住むマンション。
以前一度来たことがあるが、さすがはパン屋で働く男だ、キッチンには調理道具が揃いに揃っている。
冷蔵庫を開き材料を確認すると、どうやら洋食が中心のようなのでスパゲッティを作ることにした。
「あ、そうだ」
ぱたぱたとシンクの向かいのリビングへ行き、家から持ってきたお泊りセットを探した。
お泊りセットと言っても小さなボストンバッグに着替えを入れてきただけだ。
「あった」
取り出したのはバイト先でいつも使っているエプロン。
衛生的に料理をするには欠かせない物だ。
その場でいそいそと首を通し、どうにかこうにかリボンを結ぶ。
よし、とキッチンへ戻ろうとすると、ソファに座り書類をまとめていたらしい尾西に制止された。
「こら。むこう向け」
「?」
大人しく言われたように尾西に背を向けると、尾西がエプロンのリボンを丁寧に結び直しているのがわかった。
終わったのか、背中をポンと叩かれる。
「リボン結びすら出来ないなんてな」
「あ、ありがとうございます」
自分ではしっかり出来ていたつもりだったんだけどな。もしかしてバイト中も見苦しい背中になっていたかもしれないと思うと、気づかせてくれた尾西はやっぱり世話好きなんだな、と思った。
尾西が書類へ意識を戻したのを横目に、俺はキッチンへ戻った。
スパゲッティは簡単だ。麺を茹で、ソースを作り、絡ませる。
ついでにサラダを作ればそれなりになるだろう。
俺は早速取り掛かった。
***
麺を茹でている間にレタスやきゅうり、トマトなどを取り出し、洗ってからまな板に並べる。
右手に握るのは久しぶりの包丁。
子供が刃を触っても怪我をしないような素材でできていて、俺はちょっとホッとした。
それにしても
(尾西さんがこの包丁使ってると思うと…)
正直可愛い。てっきり本格的な包丁かと思っていた。
よ、よし、まずはきゅうりを切ろう。
大丈夫だ、手を熊の手にして…。
ぷるぷる震えながら包丁を落とすと、スタン!という大きな音を立ててまな板に当たったのがわかった。
一応切れたが、物凄いいびつだ。
もう一度包丁を入れ、大きい音が響いたときに背後からスッと腕が伸びてきた。
「下手くそ」