しがないバイトです。
□第三章
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「尾西さん、今日は現場に出ないんですか?」
日本で唯一、全国チェーン店のパン屋、"flower"の本店であるこのビル。
1階は毎日大盛況のパン屋で、その上は色々と業務をこなすという体系をとっている。
そのビルの5階で、俺、尾西浩一は働いている。
「ああ、ちょっと子守りがあってな」
「子守り!?やっぱり結婚してたんだあ!」
「してねえよ」
耳をつんざく金切り声を発する部下・梨田を横目に俺は受信を知らせる携帯を開いた。
To:尾西浩一
From:川田亮介
件名:Re:
本文:
俺の家では上半身裸で寝ますけどね。
ガタッと椅子から立ち上がる…なんてことはしないが、内心イラッとした。
「俺の代わりにお前が現場へ出ろ、梨田」
「ええ!俺嫌ですよ〜…」
「今夜はkitchen strawだな」
「喜んで!!」
梨田が行きたいとごねていた有名バイキングの名前を出せばちょろいもんだ。
俺は一度大きく伸びをして、目の前のパソコンに向き合った。
さて、仕事だ。
***
きっちり5時間で仕事を終わらせた俺は、同僚の女性からの誘いを丁重に断り休憩室へ直行した。
まあ、さすがにいい加減目は覚めて暇をしているだろう。
ついでにバイキングに連れていってやろうか、など考えながらドアを開けると
「すー…すー」
あろうことか佐伯は俺の布団に俯せに寝ていた。
そっと近寄り顔を覗き込む、と、どうやら俯せが苦しいのか眉間にシワを寄せて額に少し汗をかいていた。
「ったく…」
ぐいっと肩を押し、仰向けにする。勿論捻挫した足には細心の注意を払って。
ぺち、ぺち。
頬を叩くが起きる気配はない。
「佐伯」
呼び掛けても、全く反応しない。
呼吸が楽になっただろうか、
(幸せそうな寝顔してんなあ)
ほんのり笑顔で笑う佐伯。
確か、家に帰りたくないと言っていたが、もしかして家族となにかあったのだろうか。
家で寝られていないのだろうか。
「んー…うぅ…んっ」
「あ゙?」
動揺した。動揺しすぎて変な声が出てしまった。こいつ、寝言でこんな色っぽい声を出すのか?川田の前でも?
「っ…!おい!いい加減起きろ寝ぼすけ!!」
はっと我を取り戻した俺は、佐伯の頬をぎゅーっとつねった。
「ん…!?んーっ?痛っ!なにすんだよ!!」
「…目は覚めたか?」
「…あい…」
このときの俺の顔はさながら鬼のようだっただろうな。