過去拍手
□いつもの風景
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悠兎は教師に好かれている。
授業こそ寝ていたりあまり真面目に受けはしないものの、媚びへつらうこともなく素直なところがいいのだろう。
「川田、佐伯の変わりに答えろ」
だから今日の数Vも、教師は幸せそうに寝ている佐伯を起こすなんて暴挙はしなかった。
「えーと…α=√5?」
「よし」
なかなかの難問じゃねえか、このやろう。
答えてから斜め前の席を見れば、頬杖をついて寝ている佐伯。
右手にシャーペンを握っている辺り、寝ているとバレないようにしたかったのだろうか。
…バレバレだけどな。
フッと笑うと同時に、俺は嫌なものを見た。
五反田だ。
佐伯の右隣りの、佐伯より広い背中。
そいつが左手に持ったシャーペンで、寝ている佐伯の頬をつついている。
佐伯はそれでも気づかないようで、五反田は意地の悪そうな笑顔になり今度は人差し指でつねり始めた。
するとさすがの佐伯も目が覚めたようで、五反田の手をペシンと軽く叩く。
「なんで起こしたんだよー」
「親友のことを思ってだな…」
「なにが親友だばーか」
小声で交わされた会話は、大体こんなものだった。
"親友"という言葉に俺はピクッとする。
悠兎の隣は俺のものだ。
普段は抑えられる子供じみた嫉妬心も、相手が五反田となるとつい抑え切れなくなる。
「佐伯、今日メシ食い行こう」
「俺バイトあるよ」
「待ってるよ」
そんなたわいもない会話でさえ、何か特別な感情が含まれているかのように聞こえる。
果たして俺の悠兎に向けるこの感情は友達としてなのか、それ以上なのかわからない。
けれど、どちらにしたって悠兎の笑顔が俺ではない誰かに向けられることが嫌なのだ。
…ふっ。今度は自嘲じみた笑いが出た。
「決まりな」
「オッケー、そのかわり奢りな!」
「なんでだ「俺も行く」…あ?」
自然に口をついて出た。
これ以上耐えられそうになかった、悠兎、許してくれ。
「いいよな?」
「俺はいいけど、五反田は?」
「あー…川田の奢りなら」
「なんだと!?」
お互い睨み合う。
何度も思うが、俺は絶対に五反田とは反りが合わない。
「あー、そこ、川田と五反田。うるせえ」
「「すいません」」
だからここで言葉が重なったのは偶然だ。
「息ぴったりだね」
なんて可愛らしく言う悠兎に、やっぱり俺も五反田も癒されたのは、偶然だ。
Fin.