短編

□空へ
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少し強く吹いた風に、髪が揺れた。
いっそのこと、私のことも吹き飛ばしてくれたらいいのに。
下に広がる地面を見ると、一面がコンクリートで、落ちたらきっと即死だ。
そろそろこの屋上ともさよならしようかと思ったとき、階段のドアが開いた。

「何やっとるんじゃ?」

ここには私しかいないから、きっと私に話しかけてるんだろう。

「あんたには関係ないでしょ」

振り向かずに言うと、うしろにあるフェンスに寄りかかる音がきこえた。
少しだけ顔を動かしてうしろを見ると、柔らかそうな銀色の髪が見えた。

「死ぬんか?」
「あんたには関係ない。あんただって、邪魔しに来たわけじゃないんでしょ」

うしろにある背中が下がっていく。
しゃがんだようだ。
ここに居座るつもりなのか。

「今授業中でしょ。さっさと戻ったら?」
「ええじゃろ、別に、いるぐらい」

どうやらいなくなる気はないらしい。
私も同じようにフェンスに背中を預け、しゃがみこみ、空中へ足を放り投げた。
ふと空を見上げると、いろいろな大きさの玉が浮いている。

「しゃぼん玉…」

懐かしい。
私も小さいころはよくやっていた。
どうやらこのしゃぼん玉はうしろの人物がつくっているようだ。

「ねえ、それ貸して」

考えるよりも先に口が動いていた。
うしろの人物は何も言わずに、フェンスの隙間からストローと、液の入ったボトルを渡してくれた。
液をつけてストローを吹くと、次々と空へ飛んでいく。
懐かしいそれが、なんだか楽しくて、何度も何度も空へ飛ばしていた。

「ねえ」

またも口が勝手に動く。

「名前、なんていうの?」

そうきくと、相手は少し驚いたようだ。
知らないものは知らないのだから、驚かれたってどうしようもない。

「仁王じゃ。知らんか?」
「ああ、女子が騒いでた人ね」

確か、テニス部だっけ。
でも全然知らないや。

「ねえ、どうして私がいじめられてるか知ってる?」

私は一体何を言っているのだ。
こんな奴1人に話したって、どうなるわけでもないのに。

「さあ、知らんのう」

当たり前のように言った仁王に、また口が動く。

「私の仲よかった友だちがね、その子がずっと片思いしてた人に告白したの。最初はだめだったんだけど、また告白したら、その2人は付き合うことになった。
私はその子が幸せならそれでいいと思ってったんだけど、見ちゃったんだよね、その子の彼氏が、二股かけてるの」

何をぺらぺらと私の口はしゃべっているのだ。
こんな得体の知れない奴に。
それでも黙ってきいてくれたから、止めることができなかった。

「それで私がその男を問い詰めたら、なんて言ったと思う?あいつを傷つけたくなかったから、だって。バカみたい。
自分が今してることの方が、よっぽどその子を傷つけてるのに。そんなこともわからないなんて、おかしいよ」

言葉にすると、あの男への怒りがまたあふれてくる。
もうただの愚痴にしかきこえない。

「それで、しばらくは何もしなかったんだけど、その子があの男といて幸せそうで、見てられなくて、いい加減にしてって男を殴ったら、丁度その子がそれを見ちゃったの」

うしろにいる仁王は相変わらず何も言わずに黙ってきいている。
しゃぼん玉を膨らますと、風に乗って空へと飛んでいく。

「ちゃんと説明すればよかったんだけど、あの子はその男のことを本当に好きで、そいつがしてることを言うなんて、私にはできなかった。
その子は私と違って友達も多かったし、男の方も、上っ面だけはいい人で、そうなると私は悪者扱い。誰も本当のことなんか知らないし、知ろうともしなかった」

みんなのストレス解消の為だけに、私は今までのことに耐えてきたんだ。
それでももう、耐えられない。

「だから私は…えっ?」

横を見ると、フェンスを飛び越えて、仁王が横に立っていた。
今度は私と同じように、空中に足を放り投げて座る。

「実はのう、なんとなくわかっとったんじゃ。そのうち七瀬がここに来るかもしれんこと」

まっすぐと前を見て、仁王は続ける。

「それでも俺が助けなかったんは、見てたかったからなんじゃ。どこまで七瀬がその友だちのために耐えられるのか」

助けてほしかったとは思わないけど、そんなことを思っていたなんて、変な人だ。

「まあそれも、今日で終わりじゃな」

正直、こいつが言ってることなんて、どうでもよかった。
でも、気になったことが1つだけ。

「ねえ、どうして名前知ってるの?」

一瞬きょとんとした仁王は、目線をそらして、

「好いとう奴の名前ぐらい、知っとるじゃろ」
「…どういう意味?」

少し黙った仁王が、いきなりこっちを向いたと思ったら、唇に柔らかい感触。

「何、して…」
「こういうことじゃ」

と、ニヤッと笑って見せた。

「意味わかんない。いきなり何すんのよ。男なんて大っ嫌い」

あの男のおかげで男のことが嫌いになったというのに、もっと嫌いにさせるつもりなのか。

「まあそう言いなさんな。こっちだって本気なんじゃ」

何が本気だ。
普通いきなりこんなことするだろうか。

「で、答えは?」
「は?」

なんの答えだというのだ。
別に答えることなんて何もない。

「…一応告白だったんじゃがのう」
「…嘘をつく人は嫌い」

詐欺師なんて呼ばれている人を誰が好きになるか。

「それなら、好きになってもらうしかないのう」

何を言い出すかと思えば、手を引っ張られて立たされた。

「ちょ、何すんのよ」
「言ったじゃろ?好きになってもらうしかないって」
「意味わかんないから!」

必死の抵抗もむなしく、引っ張られるままに、屋上を出てしまった。
一体私は何をしにこの屋上に来たというのだ。

それからのことはご想像にお任せするけど、思ったことは1つだけ。

生きているのも、悪くないかも。



fin.
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