短編

□嫌いなんて言わないで
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嫌い、嫌い、大嫌い。

死んでしまいたい。



嫌いなんて言わないで



その日はすごく晴れていて、太陽が光ってる。

そんな天気が嫌になる。

私の心と正反対。

こんなつもりじゃなかったんだ。

いつからか、歯車は止まってしまった。

手にした瓶は悪くない。

悪いのは私の方。

ただ、それだけのはなし。

キーンコーン、カーンコーン…

チャイムの音がきこえた。
ここに来て、2度目のチャイム。
次のチャイムが鳴れば、授業は終わる。

どうしてみんなわかってくれないんだろう。
私が何をしたっていうのさ。
私は、ただ…――


「よっ!」

元気のいい声とともに、肩をたたかれた。
よくもまあ朝からそんなに元気でいられるものだ。
低血圧の私とは大違い。

「…おはよう」

元気すぎるブン太とはうって変って、テンションの低い私の声。

「なに変な顔してんだよぃ?ブサイクな顔が余計ブサイクになるぞ」

ひどいな。

「女の子に対して失礼だぞ」
「女の子ってがらじゃねぇだろ」
「ひどっ」

こんな他愛のない会話が大好きだった。
少しでも君と話せることがうれしかった。

「なあ、今日部活終わったらなんか食いに行かねぇ?」

「いいよ、待っててあげる。そのかわりなんか奢れ」

待っててあげるんだ。それくらいしてもらってもいいだろう。

「しょうがねぇなあ。じゃ、待ってろよ?」
「うん」

首を縦にふると、頭を撫でてくれた。
なんだかんだ言いながら、ブン太が私のお願いを断ったことはない。
優しいんだ。
ブン太はうしろから来た仁王と先に教室に行ってしまった。

ブン太とは、小さなころから仲がよかった。
家が近いし、親同士も仲がいいから、暇があればよく遊んでいた。
もちろん今も。
昔に比べたら、少し減ったけど、それでも女の子の友達と遊ぶよりも、こっちの方が多い。

『大きくなったら、ブン太のお嫁さんになるんだ』
『うん』

小さなころにした約束。
きっと君はもう忘れてるね。
でも、私はこの約束を忘れたことはないんだよ。
子供同士の戯言かもしれないけど、私は忘れられなかった。
ブン太のことが好き。友達としてじゃなく。
でも、ブン太が私に向ける笑顔は、女の子にじゃなくて、友達としてのもの。
かなわない夢でもいい、少しでも長く、一緒にいたい。

放課後、約束通りテニス部へと向かった。
部活が終わるまでまだ時間がある。
寝てよう。
近くにある芝生に寝転がって目を閉じた。


「うにゃ」

頬に何かきんとする冷たさを感じて、変な声を出してしまった。
目を開けると、目の前にブン太の顔。
頬に缶ジュースをあてられていた。
私の好きなオレンジジュース。
覚えててくれてるんだ。

「変な声」

笑われた。
恥ずかしくなって、照れ隠しに違う話をしてみる。

「部活は?」
「もう終わった。お前寝過ぎ」

本当だ。
時計を見ると、軽く30分ぐらい寝ていたことになる。

「んじゃ、行くか?」
「ん」

立って、軽くスカートをほろった。
それから2人で歩き出す。

で、邪魔が入った。

「あ、あの、丸井先輩。ちょっといいですか?」

見れば2年生の女の子。
目が大きくて、ふわふわの髪の、かわいい子。
気の弱そうな子で、でもそれは猫被ってるんだって、すぐわかった。
ブン太は私の方を見てきた。

「いいよ、行ってらっしゃい」

あの子も、わざわざ今来ることはないのに。
手にはお菓子でも入っているのであろう箱を持っているところから見ると、絶対告白だ。
本当は行ってほしくないけど、私にそれを止める権利なんてないんだから。

「悪ぃ、じゃあちょっと待ってて」
「ん」

女の子は校舎の陰にブン太を連れて行った。
ブン太がOK出しちゃったらどうしよう。
行っていいって言ったのは私なのに、後悔だけが心に残った。

しばらくして、ブン太1人だけが戻ってきた。
手には何も持っていない。

「お待たせ」
「お待たされ」

そんなことを言ってから、また2人で歩きだした。

「告白?イケメンは大変だね」

確か私が知ってる中では7回目ぐらいだったはず。

「ん?ああ」

やっぱり。

「フッたの?」
「うん」
「なんで?」
「別に…」

ブン太はあいまいな返事をした。

「かわいかったのに。もったいないなあ」

違う。
こんなこと言いたくない。
なのに、おしゃべりな口は止まってくれない。

「凜々子は、俺にあの子と付き合ってほしかった?」

少し、声のトーンが下がった気がする。

「え…。わ、私は、ブン太には、ちゃんと好きな子と、付き合ってほしいよ」

それが私なことはないんだろうけど。
でも、本当だよ?
私はブン太が好きだから、幸せになってほしい。
なんて、変かな。

「ふぅん」

ブン太は微妙な顔をしたままだった。
なんとなく、気まずい雰囲気がながれた。
先に沈黙を破ったのは、ブン太のほうだった。

「俺、好きな奴いんだよね。ずっと前から」

心臓がどきりと跳ねた。
そんなこと、知らなかった。
2人の間には隠し事なんてなかってのに。
もちろん、この手の話だって。

「へ、へぇ。そうなんだ」

私の答えに、ブン太は不満そうな顔をした。

「…気になんねぇの?」

気になるよ。
すっごく気になる。
でも、きく勇気なんてないよ。

「べ、別に」
「ならいい」

話が途切れてしまった。
再び気まずい沈黙が訪れたとき、ブン太がさっきとは違う明るい声で話しかけてきた。
気、つかわせちゃったな。

それからは、またいつもみたいに日が落ちて暗くなるまで2人で遊んだ。

次の日、学校の廊下で昨日のあの子を見つけた。
目が合うと、見るからに嫌そうな顔をして、周りにいたおつきの女の子たちとこっちに近づいてきた。
やっぱり来るか。
できれば会いたくなかったんだけどな。
面倒なことになりそうだ。

それから、校舎裏に連れてこられた。
なんともまあ、お決まりというか…。

「あんた、丸井先輩に何したの?」
「何って、別に…。」

昨日と違いすぎでしょ。
女の嫉妬って怖いね。

「ウソ!だって言ってたもん!丸井先輩があなたのことが好きだって!」

ウソ…。
やめてよ、期待しちゃうじゃん。
だって、じゃあ、どうして今まで何も…。

キーキーわめく目の前の女の子。
嫌でもその声は耳に入ってくる。

「ちょっと仲いいからって、調子に乗りすぎよ!」

調子になんて乗ってないつもりなんだけどな。

「丸井先輩があんたみたいなブサイク、好きになるはずじゃないでしょ!」
「ならどうしてあんたはそのブサイクな私にキーキー言ってるの?」

女の子の顔がみるみるうちに崩れてく。
腕が伸びてきたと思ったら、左の頬を思いっきり平手打ちにされた。

「うるさい!丸井先輩は私のなんだから!」

いつからブン太はあんたの私物になったのか。
女の子は、うしろにいた女の子に何か合図をした。
あ、やばいかも。
すぐに女の子たちは私に殴り掛かってきた。
顔もお腹も、体全身を殴ったり、蹴ったり。
一応私先輩なんだけどな。

「いっ、つぅ」

口の端から血が出てきた。
一通り殴り終えたのか、女の子たちが立った。

「あんたなんかっ…」

女の子が怒りに震えて、泣きそうになりながら言った。
そんなに好きだったんだね。
でも、私だって、同じくらい、ブン太のことが好きなんだよ。

「あんたなんか!」
「死んでほしい?」

女の子の言葉に自分の言葉を続けた。

「いいよ、死んであげる」

そう言って、制服のポケットから出した瓶。
ラベルはとってある。

「な、何よ」
「死んであげるって言ってんの」

少し笑ってから、瓶から適当に何粒か手に取って、水もなしで飲み込んだ。
女の子たちは怖くなったのか、走って逃げだしていった。

バッカみたい。
こんなので死ねるわけないじゃん。
今飲んだのはただのラムネ。
本物は、もう片方のポケットに入ってる。

ああ、体中が痛い。
泣きたくなった。

一粒、目から涙がこぼれた。

それから私は、近くの木にもたれかかって、ただただ、時間が過ぎるのを待った。

キーンコーン、カーンコーン…

ここに来て2度目のチャイムが鳴った。
授業サボったのなんて初めて。
今日は午前授業だから、あと一回チャイムが鳴れば授業は終わる。
すると、チャイムが鳴った。
しばらくして校門の方から声が聞こえてきた。
その声がきこえなくなってきた頃、重い腰を上げて立ち上がった。
ブン太はもう部活かな。
玄関に入ったころ、テニスボールを打つ音がきこえてきた。
よかった。今教室に行っても、ブン太はいない。
こんな傷だらけの姿、ましてや昨日の女の子にやられた姿なんて、見せたくなかった。

教室のドアを開けると、窓のところに、2人いた。
ブン太と、さっきの女の子が、キス、してた。

たまらなくなって逃げ出した。

ブン太が私のことを好きだって?
だから言ったじゃない。
期待させないでって。
結局、待ってるものなんてないんだから。
それなら、私は、何も知らないままでいたかった。

うしろから、私を追いかけてくるブン太の声がきこえたけど、私は振り向きもしないで、走った。
どこをどう走ったのかなんて覚えてない。
でも、気づいたら、あの校舎裏に来ていた。

ここなら人目につかない。
止める人もいない。

私は弱い人間だ。
生きているのも怖くて、知ってしまうことが怖くて、そのくせ死んでしまうのも怖い。

誰になんて言われてもいい。
きっと悲しむ人はいないから。
ああ、でも、ブン太は優しいから、きっと泣いてくれるね。

「バッカみたい」

一言そう呟いて、ポケットから瓶を取り出した。
今度は本物。
瓶の中から、薬を取り出す度、涙も一緒になってあふれてきた。
手の中いっぱいになった薬を、こぼれるのなんか気にしないで、一気に飲み込んだ。
瓶の中身はもうからっぽ。
地面には、こぼれてしまった薬が見えた。

もう、終わりなんだ。
終われるんだ。
嬉しいのか、悲しいのか、また、涙がこぼれ落ちてきた。

ごめんね、ブン太。
大好きだったよ…――

襲ってくる眠気にまかせて、私は瞼を閉じた。

ピ…ピ…ピ…ピ…

規則正しい電子音がきこえた。
ここは、天国だろうか、地獄だろうか。
…――地獄だ。
目を開けば視界いっぱいに広がる白い天井。
すぐにわかった。
ここは病院だ。

「!凜々子っ!」

ききなれたこの声。ブン太だ。

どうして?

「っして、…どうして!なんで、どうして?なんで助けたりすんのよ!」

パシンッ…――

乾いた音が病室に響いた。
頬が熱い。

「…悪ぃ。でも、簡単に命捨てようとすんじゃねぇよ」
「簡単に、なんかじゃないよ。私、もうどうしたらいいかわかんないよ…。生きてたくない」

ブン太が下を向いた。
一粒、二粒と、涙が落ちてくる。
やっぱりブン太は優しいね。
私なんかのために、泣いてくれるんだ。

「凜々子がいなくなったら、俺はどうすればいいんだよ…」

やめて。
もうそんなこと言わないで。
期待なんかさせないで。

私の目からも、涙がこぼれた。

「私なんかいなくても、あの子がいればいいじゃない」
「凜々子…」
「私なんかいなくても、ブン太は人気者だから、平気だよ」
「凜々子っ」
「私なんかいなくてもっ…」

私なんかいなくても、ブン太は大丈夫だよ。
あの女の子だっているし、部活の仲間だっている。
だから、私なんて必要ないんだ…。

「凜々子っ!きいてくれよ!言い訳になるかもしんねぇけど、あれは、俺があいつと付き合えば、凜々子に何もしねぇって言うから…。俺が本当に好きなのは、凜々子、お前だけだ」

ブン太があまりにもまっすぐな目で言うから、信じてしまう。

「ほん、と?」
「ああ。あの約束だって覚えてる。俺のお嫁さんになってくれるんだろ?」

涙で視界がゆがんだ。

「おぼえ、てたの?」
「ああ」

ああ、私はなんてバカなんだろうか。
こんなことで死のうとした自分が、今ではバカらしい。
もっと早く、素直になれてたら。

「ブン太、ごめんね…」
「うん、俺も。ごめんな」
「ブン太、大好きだよ」
「知ってる。…俺も、大好き」
「知ってる」

2人で向かい合って笑った。

2度とこんなことはしないよ。
これからも、不器用な私たちが、どうなるかなんてわからないけど、それでも、この気持ちだけは、ずっとずっと変わらないよ。

確かめ合うように、唇を重ねた。

ごめんね、それからありがとう。
もう2度と、離れたりなんかしないから。



fin.
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