短編

□バイバイ
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嫌いになったわけじゃない。

ほかに好きな人ができたわけでもない。



なんでだろう、涙が止まらない…。



バイバイ



『今日は楽しかったよ。ありがとう』

君との最後のメールは、こんな短い一文だった。

その先のメールは全部嫌がらせ。
一体自分が何をしたと言うのだろう。

しいて言うならば、彼を好きになったことだろうか。

ため息が出た。こんなの承知で付き合ってたのに、怖かった。

嫌われるのが怖かった。

『好きです』

やっと手に入れた鳳君のメールアドレス。
何度目かのメールを交わした後、私は人生最大の賭けに出た。
直球なその一言を打つのに1時間もかかってしまった。


しばらくして帰ってきたメール。
そのメールを、私は開けなかった。
不安が心にこみあげてきて、手が震えているのがわかった。

『僕もです』

やっと開くことができたメール。
絵文字も何もない、そっけない画面。
でも、それだけで十分すぎるぐらいだった。

走った。
彼がいるであろう学校へ。
体育が苦手な私が、全速力でこんな距離を走ったのは初めてだ。

息を切らしながら入った学校のテニスコートの中に、彼はいた。
まだ彼は、こっちに気づいていない。
周りの制止の声を振り切って、彼へと向かって飛びついた。

「いきなり来てごめんなさい。でも、私…」

「うん、俺も。…ちゃんと顔見て言いたかった。…好きだよ、凜々子」

声にならなかった。幸せすぎて、周りのことなんてどうでもよくなって、唇を重ねた。
周りの冷やかしの声も、今は祝福の言葉にしか聞こえなかった。

君がいてくれれば、って思ってた。
君が隣にいてくれれば、他はいらないと思ってた。

君を好きになるたびに、私の中から一人どこかに離れてく。

怖かった。

君がいてくれれば、って思ってたのに、いつか君も、私の中から消えていくような気がした。

きっと君も気づいてたんだね。
私の周りには君しかいなくて、君もいつか消えてしまうような気がして。

「…どこにも、行かないで…」

言ったその一言が、何かのスイッチを押した。

涙がぽろぽろこぼれた。

君はそっと私の頭をなでた。

「大丈夫、どこにも行ったりしないよ」

君のその言葉は、慰めの言葉でしかなかったんだ。

きっと君は、私のことを考えてのことだったんだと思う。

君と会わなくなって二日、三日、一週間、二週間…。

すれ違ってばかりだった。

目を合わせることもなくなった。
このままいけば、自然消滅になるはずだったんだ。

『会いたいよ』

最初のメールより、ずっと不安だった。

『ごめん』

たった一言の別れの言葉。
それは私に重くのしかかった。

受け入れるしかないとわかってても、どうしても、涙を止めることができなかった。

『最後に、顔見て話したい』

本当は、最後なんて嫌だ。
もっともっと、ずっと一緒にいられると思ってたのに。

風の吹く、晴れた屋上。

君は来てくれた。
少し、悲しげなその表情に、一体どんな感情が隠れていたのだろうか。

「ありがとう、来てくれて」

「ごめんね、わがまま言って」

「鳳くんは、きっと私のことを考えてくれてたんだと思う。…私が一人にならないように」

「…でも私、もう耐えられないよ」

「今までありがとう。好きだったよ、これからも…」

あの時と同じように、飛びついてキスをした。

ただあの時と違うのは、別れのキスだということ。

「…ごめん、守ってあげられなくて。好きだったよ、君と同じように、これからも…」

ごめんね、ありがとう。
空いてしまった隙間は、埋めることができないけれど、君のことは忘れないよ。

ごめんね、ありがとう、大好きだったよ。

空へと消えた体は、戻ることはなかった。



「バイバイ」



fin.
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