短編

□死因は溺死
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「なんで人って鰓呼吸ができないんだろ」

日が暮れ始めた秋の空を眺めながらふと生まれた疑問が口から出た。
ベッドに座り、窓を開けて窓枠に寄り掛かる。
涼しくなってきた風は心地好かった。
精市の部屋は相変わらず綺麗だった。

「さあ。必要ないからじゃない」

ベッドに寄り掛かり本を読んでいた精市からの答えは、ひどく素っ気ない。
どうやら本を閉じる気はなさそうだ。
窓のすぐ下の道では、自転車に乗った小学生数人が走り去っていった。

「必要ない、ねえ」

風で乱れた髪を耳にかけて、整えた。
精市が長い方がいいと言うから伸ばしているけど、本当は邪魔だから切ってしまいたい。
明日にでも切ってしまおうか。

「ねえ、髪切っていい?」
「だめ」

本を読みながらだし、大して聞いていないかと思ったけど、しっかり聞いていたようだ。
区切りがついたのか本を閉じると、精市は私の後ろに来た。
髪を一房取って指で遊ぶ。

「なんで?」
「凜々子には長い方が似合う」
「私、精市に合ってから一回も短くしたことないけど」
「俺は長い方が好きだから」
「でも邪魔だなあ」

後ろから腕を回して抱き着いてきた精市の手を掴む。
女みたいに綺麗な手だけど、大きくて、頼れる手だった。

「切ってもいいよ」

つい先程と全く違うことを言い出した精市に、一瞬答えに詰まった。

「え?」
「だから、切ってもいいよって」
「なんで?」
「だって……」

何をためらっているのか精市は、少しだけ腕に力を込めて私の肩におでこを乗せた。
精市の髪が首に当たってくすぐったい。

「髪が長くても短くても、凜々子は凜々子でしょ?」
「……そうだね」
「俺のことが好きで好きで仕方ない凜々子でしょ?」
「うん」

短い答えに満足した精市は、小さく声を出して綺麗に笑った。
しばらくの間気持ちよく密着したままでいると、思い出したように精市が口を開いた。

「そういえば、なんで鰓呼吸?」
「ん?ああ。教えて欲しい?」

素直に答えるには少し恥ずかしくて、こう答えた。
精市のことだ、どうせ言わされることに違いはないのだけど。

「教えてよ」
「鰓呼吸は、必要だと思うな」
「どうして?人間は肺で呼吸できるでしょ?」
「でも、水の中じゃできない」
「当たり前じゃん」

精市の手を握る。
冷たくて気持ちいい。
「だから、必要」
「どうして?」
「だって私は精市に溺れて苦しいもの」

一瞬精市が固まった。
でもすぐに腕に苦しいくらいに力が入る。

「なら、俺に溺れてしまえばいい」
「そうだね」
「好きだよ、凜々子」
「うん、知ってる」


(愛に溺れて溺死だなんて、ロマンチックじゃない?)


12/09/05

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