短編

□夏の海の約束
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じんわりと裸足の足に砂の熱が伝わってくる。
誰もいない海は、泣くのにもってこいだった。
と言って、別に私は泣きに来たわけでもない。
ただ、ちょっとだけ余韻にひたりたかっただけ。

「あーあ、これで私も終わりか」

すべてを投げ出すように吐いた言葉は、波の音にかき消された。
何があっても平気だと思っていた。
他人から見れば私はただ砂浜を歩いている女の人程度にしか思われないだろう。
でも実際は、これでも寂しく思っていたりするのだ。
初めてまともな恋に落ちて、告白して、付き合って、でも彼と私は住む世界が違った。
自分の生まれた環境を、初めて恨んだ。
政治家の娘がマフィアに恋だなんて、冗談もいいところだ。
だから、何があっても平気だって思ってた。
思い込ませてた。
でも、いなくなって初めて気づいた。
私には彼が必要だ。
両親の言う通りに生きてきた私には、それを言葉として口から出すことはできなかった。
そして今、後悔している。
泣きたくなった。
でも涙は出なくて、出てくるのはため息ばかり。
いい加減帰ろうか。
そう思った時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「少しは落ち着いたか?」

今すぐ彼に飛びつきたかった。
でもそんなことしたら余計虚しくなるだけだとわかっているから、振り向くことさえ我慢した。

「私はいつでも落ち着いてるわよ」

後ろからわざとらしい彼のため息が聞こえた。
それも、すごく近くから。

「まあ、落ち着いたのは俺の方かもな」

私の髪を、(どちらかと言うと彼の方が長くてきれいな髪だが男に負けるというのは気にくわないから私にしておこう)なびかせる風が吹いた。
季節は夏で、暑くなった体を冷やすのにちょうど良かった。

「いくら俺でもあんな別れ話のされ方は気にくわねぇんだが」

言われると思っていたが、いざ言われるとなかなか答えられないものである。

「いいじゃない、別に」

今思い出しても、いいじゃないなんて言える話の仕方じゃなかった。

『私、あなたより親の方が大事なの』

間違いではない。
だって、今まで親の言うように生きてきたのだから、今さら親に反抗だなんて、やり方がわからないのだ。
だから、私にとって父は絶対で、なくてはならない存在。
……彼もだけど。

「よくねぇよ」

急に視界が回って、目の前にはスクアーロがいた。
鋭くて優しい目が私を見ていて、目をそらせば、そらすな、と言って手で顔を挟まれ戻される。
あーあ、かわいい顔が台無し。

「何があったか全部話さねぇとキスするぞ」
「なっ!?」

本気の目だった。
それでいて、どこか楽しそうないやらしい目。
別れたんじゃなかったのか、私たち。

「……やめてよ」

目線だけ下にずらす。
我ながら、拗ねた子供みたいだ。

「やめねぇよ」

ちょっとだけ、怒っているような響きがあった。
それに、手の方も力がほんの少し強くなっている。
少しずつ、少しずつ、ゆっくり顔を上げて目が合った時、

「……っ」

唇に何かが触れた。
いや、何かではない。
すぐにキスされたってわかった。
ゆっくり、離れるのを惜しむように離した唇は、まだスクアーロの熱を覚えている。

「な、にすんのよ」

恥ずかしくて唇を手の甲で押さえて下を見る。

「言ったろ、全部話さねぇとキスするって」

嫌な笑みを浮かべていた。
不意討ちなんて反則だ。

「なあ、俺はおまえが誰を好きでもいいが、そのことでおまえがそんな顔すんのは気にくわねぇ」

下を向いた私の頭に彼が手を乗せる。
そんな顔ってどんな顔だ。

「おまえの両親が俺を嫌ってるのはわかるが、だからっておまえが俺を嫌いになる理由にはならねぇだろ」

何も言えなかった。
だって、スクアーロが口を塞いだから。

「俺はおまえが好きで、おまえは俺が好きだ。それだけで十分だろ」

耳元で囁くように言われた言葉は自信に満ち溢れていて、私はそれに頷くしかないのだ。
今度は私から唇を重ねて、まっすぐ目を見ながら言う。

「幸せにしないとぶっ殺す」
「当たり前だろ」


私にはあなたがいれは幸せなんだよ。

12/07/15

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