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□巻島に救われる
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東堂尽八は隣の家の幼馴染みだ
一月違いで生まれた病院は一緒
体が弱かった私は一月の入院の後、一月後に生まれた尽八と仲良く一緒に退院した写真が今でも残っている
互いに箱根の温泉旅館の子どもで同い年、これで仲良くならないわけがなかった
親同士はもちろん、子ども同士もすぐ仲良くなった
現実は漫画みたいに窓を開けたら隣が幼馴染みの部屋とはならなかった
お隣さんと言っても旅館同士の隣
互いの家の入り口から十分は歩く
それでも、私たちは互いに何か言い知れぬ縁を感じていた

私はよく病気をする子どもだった
何回も入院し、親を心配させた
一方で尽八は大きな病気一つしない親孝行な息子だった
男の子は小さい頃よく病気をすると言われるが、全てに当てはまるのではないらしい
しかし、家に生まれた私の三つ下の弟は私同様によく病気をしたので、まあ半分くらいは当たるらしい
兎も角、私はよく入院し、よく尽八に見舞ってもらたた
そのときに花と一緒に絵をよくもらった
私の顔だったり尽八の顔だったり、今好きなものの絵を描いてきてくれた
そのときの絵を私の両親は大事に取っておいてくれて、時々懐かしくアルバムを開く
ああ、こんなときもあったなと幼心に覚えている


「……自転車」


その中でも、私が好きなのはいつも決まって自転車の絵だ
拙いながらもよく描けている
ただ、私の考える籠つきの自転車ではなく、かっこいいスマートな自転車だった
絵には、たいいんしたらいっしょにのりたいと書かれていて、きっとあの頃から自転車に憧れていたのだと分かる
本格的に自転車、尽八が言うロードバイクに乗り出したのは中学のときだった
地元は運動全般、特に自転車競技部で有名な箱根学園がある影響か、中学校でも存在が珍しい自転車競技部があった
趣味でマウンテンバイク、クロスバイク、ロードバイクと乗りこなしていった尽八に対して、私はあのときの約束を一切果たせていなかった
親が猛烈に反対したのだ
辛うじてクロスバイクを手に入れたが、それも弟のお下がりだった
危ない運転はしないことを条件に、日常生活で乗る分には許された
けれども、それでは駄目なのだ
一緒に走ることは叶わない
私だけがこだわっていて、尽八は私が何故そこまでして乗りこなしたいのか分かっていないようだった

私は尽八と同じ箱根学園を選んだ
これにも両親は反対したが、尽八が随分と話してくれたようで尽八くんがいるならと説得に応じてくれた
私は常に弱い守らなければならない印象が両親の頭にあるようだった
小さい頃はよく病気をしたが、小学校へ上がってからは大きな病気をしなくなった
それでも、最初の印象が拭えない
私は箱根学園の自転車競技部に入りたかった
マネージャーではなく、選手として自転車を漕ぎたかった
願いは両親に到底受け入れられるわけもなく、尽八にも不思議そうにマネージャーにはならないのかと言われてしまった
私は諦めるしかなかった
そんな私に光が差したのは二年のとき
尽八のレースを見に行ったときのこと
尽八は前のヒルクライムレースで優勝し、有名になっていた
元々、箱根学園が評判であるのに加えて、二年であることも噂になる原因だったしかし、優勝と目されていたそのレースは予想外の結果に終わった
優勝、千葉県総北高校の巻島裕介
私は頂上近くで、その特徴的な走りを、登りをこの目で見た
速そうに見えないのに、尽八との距離は開いていく
その現実に声すら出なかった
レース後にゴール近くで、尽八と何やら言い争いをしていた玉虫色の髪の毛を見つけて、何がしたいのかも分からずに近づいた


「玲良」

「お疲れさま、尽八」


いつものように尽八にタオルを渡したが、その視線は自然と巻島裕介に向かった
尽八を打ち負かした男
近くで見ると、ますます細くて長くて折れてしまいそうな手足に、面白い玉虫色の髪


「優勝、おめでとうございます」

「……どうも」


優勝したというのに、人集りもなく尽八しか傍にいなかった
レース後で疲れているのか彼の声に覇気がない


「あの!」


それでも聞いてみたいことがあった


「?」

「どうしてあんな登り方で速いんでしょうか?」


普通なら絶対に速くならない走り方だ
でも、予想に反して彼はどんどん登っていた


「俺のことか?」

「はい!よくあの走り方でバランス崩さないなあと」

素直な感想を口にして彼を見つめると、頬を掻いて目を逸らされた


「……俺のは自己流だから。どうして速いのか自分でも分からねぇっショ」

「蜘蛛みたいで、格好良いです!」


私の思いが強すぎて、いつもは出さないような大きな声が出る
尽八はそんな私のことを横で不思議そうに眺めるだけだった
普通じゃないことをやってのける
私は私にとっての憧れをようやく見つけた


「クハッ。変わってんな、アンタ」


彼がようやく笑みを見せた
何だ、普通じゃないか
彼は憧れで、でも同じ高校生で、それ以上でもそれ以下でもない
もっと話がしたかったが、何故か不機嫌になった尽八に腕を引かれた


「玲良、行くぞ」

「箱根学園二年、##NAME1#玲良#です。応援してます、巻島くん!」


尽八のレースを観戦に行くと、その姿をよく見かけるようになった
私と巻島くんが仲良くなるのにさほど時間はかからなかった
彼は見た目こそ近寄りがたいが、いたって常識人でやはり普通の高校生だった


「柊はロード、乗らないのか?」


レース後、整備をしている巻島くんの横できらきらした目でその様子を窺っていた私に彼は不思議そうに聞いた
私の乗っているクロスバイクも物は悪くない
ただ、街乗りに適していて、本格的なレースやスピード面でロードバイクには劣る


「家族に止められてて。尽八もあんまり、賛成してくれないだ」


初めてこんなことを相談した
巻島くんなら、私の欲しい答えをくれる気がした


「乗りたいっショ?」

「うん」

「ほら」

「え?」

「ちょっとなら、ばれない」


周りを確認すると巻島、巻島くんは整備されたタイムのハンドルを私に握らせた
私の身長に対して幾分か大きいが、サドルが下げられていて、乗れないことはないだろう
私は期待して、初めてのロードバイクに跨った
ペダルが回る回る回る
しばらくローラーの上で漕いでから足を着けた


「どうだったっショ?」

「……うん」

「良かったみたいだな」

「うん、ありがとう。巻島くん」

「諦めることねえだろ。初めてでローラーの上を漕げるなんてセンスあるっショ」


頭に手を置いて、私の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた巻島くんは微笑んでいた


「時間がかかっても、やりたいことをやればいい」


巻島くんは私がロードバイクに乗ることを私以外で初めて認めてくれた
言葉が胸につっかえていたものを取り払ってくれて、その後の私はただ静かに泣いた




意外と遠い人の方が救ってくれたりもする




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