自分に愛想がないことは十分自覚しているが、目の前の状況を不審に思うのは仕方ないと福富は思った 女子生徒が自分のロードの辺りをずっとうろうろしている 見たことがない顔だ 今日はたまたま自転車競技部の駐輪場ではなく、一般生徒が置く駐輪場に置いていた 普通では見かけない異彩を放つそのロードの様相に多くの生徒は少し気にしながらも通り過ぎるだけ 自転車競技部のことを知っている者は何も気にせず通り過ぎて行く
「何かそのロードに用か?」
「え?」
彼女は福富を見上げて戸惑った 持ち主なのか、こちらが不審者のように思われている雰囲気があって、彼女は首を横に振って否定した
「いえ、あの。家にも同じような自転車あるんだけど、こういうのもあるんだなと思って」
「ロードに乗るのか?」
「兄が乗るの。ここの自転車競技部の卒業生だから」
彼女が見ててごめんなさいと言うので、気にしていないと福富は告げた 理由がはっきりしているならいい ロードは高く、盗難に遭いやすい そんな輩が入りこんでいるとは思わないが、用心するに越したことはない これからはきちんと自転車競技部の方の駐輪場に置こうと福富は心に決めた
「綺麗な色の自転車」
「……チェレステ色だ」
「え?」
「ビアンキのチェレステ。気になるなら調べてみればいい」
「うん。知ってる。でも、やっぱり実物は違うよ。こうなんか、やっぱり、うーん。言葉にするのが難しいのだけれど」
彼女は福富が目の前にいることを躊躇ったようだが、鞄からスケッチブックと色鉛筆を取り出して、徐に何かを描き出した 特徴を確実に捉えた綺麗な線が引かれ、青と緑の絶妙のバランスの色を色鉛筆の加減で再現する
「美術部か?」
「中学のときはね。今は帰宅部」
「もったいない」
「ありがとう。でもね、夢があるの」
彼女は絵を描きながらはにかんだ
「自転車の漫画を描くんだ」
彼女の夢が叶うのはあと少しの話
取材にはおそらく困らない学校
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