先生は最初、俺の扱いに困っていたのだと思う 事実、俺は酷く不真面目な遅刻魔生徒だった 山に登りたくて、進んでしまう足を止められないのは、それよりも大切な何かが欠落しているからだ 先生は遅刻に関して叱らなかった ただ理由を聞いて正直に答えたら、驚いたように元々丸い目が更に丸くなって、それ以上は突っこまなかった 課題さえこなせば遅刻を見逃すなんて、随分と甘い教師だと思う でも、その甘さが俺の救いでもあった そうでなければ、俺はとっくの昔に学校に行くのが億劫になっていたに違いない 先生がここの卒業生だと聞いたときは驚いた そんな素振りはクラスでは見せたことはないし、彼女の話で聞いたこともない しかも、部活の卒業生でもあり、時折差し入れを持ってくるという 俺は不真面目で部活に滅多に顔を出したことがなかったから知らなかった 東堂先輩にあまり困らせてやるなと言われて引っ掛かりを覚えたが、二人が俺と委員長みたいな関係なのだと聞いて、何故かほっとした 彼女はインターハイ一日目、山頂で観戦していた 俺はその姿を横目でしっかりと確認した また明日も来るのかな 彼女は来なかった 二日目も三日目も いて欲しい、いや欲しくない 俺の格好悪い姿を見られなくて、本当に良かった 彼女とは、これで夏休みが終わるまで会うことはない 部活に顔を真面目に出すようになった 吹っ切れない気持ちがまだ残っている中の練習は気持ちが悪い でも、走らずにはいられない 周囲からあまりにも真面目なので、心配されるようになった 不真面目でも真面目でも心配されるなんて、生きづらい世の中だ とても息がしにくい 誰か俺をすくい上げてくれないかな インターハイで見た彼女の顔が浮かんだ
久しぶりに始業前をクラスで迎えた 委員長は大層喜んでいた 周りがインターハイで二位だったことを惜しかった、でも凄いことだと他人事なのに自分のことのように喜んで話す姿を俺は冷静に黙って聞いていた 大丈夫かと委員長に聞かれたので、苦笑いして頷いたら微妙な顔をされた 先生は、彼女は何を口にするだろう クラスに入ってきて出席を確認した彼女とばちりと目が合った 彼女は俺の視線を躱して、他にも欠席がいないか確認しているようだったが、そんな生徒は俺以外いなかったようで、体育館への移動を指示した 彼女に呼び止められて、少し期待した やはり気にかけてくれているのだと思うと嬉しくなった インターハイの結果を彼女はおそらく知っている 俺にどんな言葉をかけてくるのか期待した 彼女から出た言葉はありきたりで、それでいてこれを求めていたのかと思うほどにすっと体に馴染んで溶けた 現実は厳しい 王者の地位を譲ったというインターハイの記録は揺るぐことなく、言われ続ける 最初は、委員長にきっかけを貰った自転車で普通に自分が楽しく坂を走ることができれば満足だった 一人で登っていても苦ではなかった 自分はこれだけは誰にも負けないと自負していたから どんな強者とも勝負して勝つ自信はあった
「次は勝つよ。だから、先生見てて」
ああ、彼女に言われてようやく立ち上がれた、立ち直れた 重い何かが取れた感触がして、普通に笑うことができた そして、この気持ちが彼女にまだ伝えてはならないものだと気づいた 彼女が好きだ 誰よりも何よりも、どん底から掬い上げてくれた人 彼女は迷惑だと言うだろうか、受け入れるだろうか 自分がこれほどに執着するのが坂以外にあったのだと思うと自分でも分からなくて胸が高鳴った
真波は危ない恋が似合う気がする 夏の終わりと真波の真波サイドのお話
|