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暑い暑い夏の日のことだった
テレビでは今年一番の暑さだと言っていた
彼女は山頂近くでバスから降りると、ノースリーブのシャツでロードのインターハイ観戦に来たことを少し後悔した
汗が流れ気持ち悪くシャツが背中にくっつく
兎も角、選手がやって来る前に彼女は人があんまり観戦していなさそうな場所かつ日陰はないかと探し歩いた


「ここでいいや」


人があんまりいないどころか全くいないトンネルを抜けてしばらく歩いた
峠の下り、邪魔にならなさそうな場所に陣取ると、彼女はリュックサックから水筒を取り出して水分補給し、パックから蜂蜜に浸かった檸檬の輪切りを口に含んだ
早く来ないかと期待する一方で、森がかさかさと葉を揺らす音に居心地の良さを感じて、もう少しゆっくりしたいなとも思った
選手が通り過ぎてしまえば、近くのバス停に飛び乗り、ゴール付近に急がなければならない
心配性の幼馴染と兄にはゴール付近で待っていると言ってしまったからだ
万が一、いないとばれれば大騒ぎするに決まっている
先頭集団だけ見送った後に、そこに知り合いがいなくとも山からは下りると決めて、彼女はのんびりと自然を楽しんでいた
しかし、風の音に混じって聞き慣れた車輪の音が耳に入って、もうすぐ終わるのだなと峠下から登ってくる選手に注目した
二人
見慣れた青と白ユニフォームと見慣れない黄色のユニフォーム
見慣れている方は誰なのか遠目でも分かった
箱根学園二年生福富さん
相変わらず速いなと時計でペースを確認すると、やはり順調である
しかし、彼女は福富の走りに不自然を感じた
走りにどうもいつもの余裕が感じられない
相手が余程に彼を追い詰めているのだろう
黄色のユニフォームの方が差を縮め、福富を離さない
凄い気迫のある走り、まるで絡みつく蛇のようなしつこさである
いいレースだ
後続を離しているらしく、彼らの他に後ろからまだ選手はやって来ない
時計再度確認し、あと十分したら発つかと白熱する先頭の彼らのレースに目を移した
どんなにしつこくとも、彼女は福富が抜かれるはずがないと思っていた
しかし、一瞬の間に形勢は逆転し、黄色の方が福富を抜いた
絶妙のタイミングだった
福富さんどうすると彼女が手を握った、そのときだった
彼女は福富の手が伸びたのをはっきりと見てしまった
バランスが崩れ、車輪が交差し、二人ともが落車した
ヘルメットが外れ、体が宙に投げ出される


「……うそ」


彼女がいる場所の数メートル手前でのカーブでの出来事だった
彼女はとっさに叫びそうになった口を押さえた
落車は事故だ
ロードレーサーたる者、それぐらい覚悟している
しかし、目の前で起こってしまえば冷静でいられるはずがない
救急車
福富よりも相手が反対車線のガードレールに体を打ちつけ、酷い状態であるように思われた
携帯電話を持って彼らがいる場所に走った


「大丈夫ですか!?今、救急車を……」

「……いい」

「!」

「俺はエースだ」

「どこ打ってるか分からないんですよ。それに、これは」


福富が随分と青ざめている
わざとやったわけではない
けれども、許される話ではない
つい手が出てしまったなどと言い訳できるものではない
福富は弁解する気もないようだった
しかし、相手は走ると言う
本来ならば、止めなければならないはずだった
彼女は彼の目を見て躊躇いが生まれた
彼はただ我が儘で走りたいわけではない
走らなければならないわけがある、チームの勝敗が自分にかかっている責任を負った背中、姿勢
彼女はタオルと水で彼の汚れと血を一時的にはらい、離れた
ありがとう
小さな太い声で言われた気がしたが、彼女は走っていく姿をまともに見送ることができなかった
もしレース途中で倒れたら
もしレース後亡くなってしまったら
自分のせいだ
呼吸もまだちゃんとしていたし、すぐに救急車を呼べば生死には関わらないはずなのだ
どうか無事で
後続の選手が通り過ぎてもろくろくレースなど頭に入らず、彼女は荷物抱えてバス停に走った


「玲良ちゃん、探したぞ!」

「……尽ちゃん」


ゴールで真っ先に探したしたのは、黄色のユニフォームのあの人だった
しかし、人が多く見つからない
他にも黄色のユニフォームの学校はあるし、明確にどこ誰だがとっさのことで覚えていなかった
そんな彼女を心配性の幼馴染、東堂が先に探し出した
どうしてだか途方に暮れる彼女に、どうしたのだと目を合わせて聞くと首をただ横に振った


「良太さんも心配している。今は山岳賞の表彰式だ」

「え?」

「知らなかったのか。本当に今までどこにいた?」


おめでとうと言わなければならない
最近、調子が良くないと言っていたから、兄のことだから余計に頑張ったに違いない
嬉しいのに、頭に不安が残る


「尽ちゃん、福富さん。福富さんは……!」

「フク?フクなら救護で「ありがとう!」


福富なら何か知っているかもしれないと彼女は救護テントを探そうとしたが、当然東堂が手を掴んで止めた


「何か隠しているだろう、玲良ちゃん」


東堂に真剣な目で見られれば嘘はつけない
彼女は福富が選手の服を掴んだことは伏せて、落車に福富ともう一人が巻きこまれたことを話した
福富が落車したことは知っているが、他にも選手がいたとは聞いていなかった東堂は驚いたものの、確認してくるから彼女は箱根学園のテント近くで待つようにと近くまで彼女を送るとどこかに行ってしまった


「くそッ。ここまできて落車かよ!」


テントが立ち並ぶ中、どこかのテントで太い声がした
騒がしい中で、やけに耳に張りついた言葉が消えなかった


「……本当、どうなるッショ」


ああ
やっぱり
間違ってしまったのだ
声がするテントのすぐ側まで来ているというのに、確かめたいことがこんなにも怖いなんて





あの事件です
疼ぐ過去編






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