「逃げられると思ってンの、玲良チャァアン?」
「アラキタ、サン」
「何でカタカナァ?」
荒北さん 彼のことは正確にはインターハイを終えた今でも実はほとんど知らない 箱学に通う幼馴染からは元ヤンキーなのだと聞いた 彼のような分類の人間とまともにお付き合いしたことがないため、ロードの大会でたまたま彼を見つけても会釈程度で済ますつもりだった それがきっと元ヤンの彼には偉く気に食わなかったのだ じりじりと追い詰められて、太陽の熱で熱い石壁に背中が当たった もうこれ以上、下がることはできない
「あ、優勝おめでとうございます」
「アァ。アリガト」
たらりとこめかみに汗が流れたのは暑いからではない お願いだから知り合いが誰か通らないか真剣に彼の背後を窺うが、そんな奇跡があるわけがなく
「兎みてェ」
「はい?」
「玲良チャンが」
「……初めて言われました」
「ソレ、乗ってるヤツ?」
自慢のクロスバイク 本当はロードバイクに乗りたいのだが、家族の反対もありプレゼントされたクロスバイクで我慢した 今ではどこに行くのも一緒で相棒的存在だ 愛用車と荒北を見比べて彼女ははたと気がついた
「荒北さんのもビアンキでしたよね。福富さんから強奪……いえ、貰ったチェレスタ」
「東堂かァ。余計なこと喋りやがって」
「……はは」
ごめんと心の中で生贄にした幼馴染に謝る 今度から二コールで電話に出てあげよう
「何だかお揃いって感じで嬉しいですね。あ、クロスとロードって全然違うんですけど、一緒にされて嫌かもしれないけど」
「ハア?」
もう何を話しているのか彼女自身も分からない どの言葉が正しいのか分からない 荒北の顔色を窺って会話してみるが失敗している気しかしない 勘弁して欲しい
「玲良チャンさ、俺のこと怖いとか思ってンの?」
「はいー!?滅相も「そうかそうかァ」
落ち着いて怖くないですよとでも答えればよかったのに、迫ってくる荒北に彼女は自滅した 完全に捕食者と獲物の関係だ 壁に押しつけられる形は想いの人にならまだしも、知り合い程度の怖い他校の先輩では恐怖体験にしかならない
「食べちまいたいなァ」
「荒北さん!?」
その顔つき、目つきはレースのときだけにしてくださいとは言えずに彼女は荒北を見上げた
「俺に見つかったンだ。覚悟しなァ」
何を覚悟すればいいのか彼女に荒北の胸の内を聞く勇気はなかった 蒸し暑く太陽が照りつける中、ビアンキが二台と男女が二人 捕食者と被食者 彼女は首を横に振って更に迫りくる影に覚悟した
疼ぐインターハイ後 荒北ぶすかわ
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