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「柊さん、後輩の子が呼んでるよ」

「ありがとう」


クラスメートが不思議そうな視線を彼女に向けてくる
彼女は部活に所属していない
直属の後輩というものがないはずなのに、彼女を訪ねて誰が来たのだろうか
小野田坂道
最初に浮かんだのは彼だが、彼ではない自信が彼女にはあった


「一年の寒咲幹です」

「橘綾です」


案の定、彼女を呼び出したのは女子生徒だった
しかも、面識がない


「寒咲?ああ、寒咲自転車店の娘さん」


その名字に思い当たる節があったので、当たっていれば良いがと出した答えは正しかった
幹は笑顔で頷いた


「いつも贔屓にありがとうございます」

「いいえ。何か用事?」


自分のところの自転車店を贔屓にしているからだけで、わざわざ幹は彼女のところにやって来るはずがない


「あの、お兄ちゃんから聞いたんですけど」

「うん」

「柊良太選手が柊先輩のお兄さんだと聞いて」

「……ああ」


久しぶりに嫌な顔になったと彼女は自覚した
箱根ではよくあったことだが、千葉に転校してから友達は女の子がほとんどだったし、自転車をやっている者も少なかったので、そのことを聞かれたことは数回しかない
その数回に寒咲自転車店のお兄さんも含まれている
兄のことは好きだ
尊敬しているし、速い
自転車を羨ましがった彼女に家族には内緒でクロスバイクを与えてくれたのも兄だった
どうしても人から聞く兄が好きになれなかった
兄は凄い、一方妹は普通だ
周囲の意見はいつも同じ


「あの、厚かましいお願いだって分かってるんですけど」

「……」

「一緒に自転車競技部のマネージャーやってくれませんか?」

「……はい?」


幹があまりにもきらきらした目で見つめるものだから、サインでも頼まれるのかと思った彼女は拍子抜けした


「幹、ちゃんだっけ?あなた、マネージャーするの?」

「はい」

「どうして、私を誘うの?」


横にいる友達でも誘って仲良くマネージャーすれば良いのに
普通なら一学年上のわざわざめんどくさそうな先輩を誘わない
柊良太の妹だから?


「自転車好きな人と、自転車のこともっと話したいなと思いまして。これは私の勝手なお願いです」

「自転車が好き」

「隠していても分かりますよ。そうじゃないと、女の子がわざわざ学校にクロスバイク乗って来ませんもん」


幹はきらきらとしている
本当に自転車が好きで、自転車に乗る人を支えたいと思っているのだ
これまで自転車好きを隠してきたつもりでいた
比べられたくないからと意地を張ってきた


「……ははっ」

「先輩?」

「幹ちゃん、最高だよ」


知り合ったばかりの後輩に背中を押されるとは思いもしなかった


「分かった。少し、考えてみるね」

「はい!」


彼女は幹と顔を見合わせてそっと微笑んだ






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