「君、大丈夫!?」
坂を上っていると、制服がぼろぼろの男子生徒がママチャリを引き摺っていた 彼女は自転車から降りてヘルメットを外して彼に近づく 新入生だろうか、見たことのない顔だ しかし、この激坂をママチャリで上ろうとは勇者がいたものだ 坂の先を見ると、黒塗りの車があと少しで学校に着くところだった
「ひょっとして、車にはねられたの?」
「いえ、僕がびっくりして落ちてしまっただけなので、大丈夫です……ここの坂って結構人通るんですね……」
「……落ちた!?」
ガードレール下は草が生えていると言っても結構な坂になっている 道路から落車して、普通の人間が何ともないわけがない
「駄目だよ。保健室行かないと!」
「えっ?」
「私、ついて行ってあげるから」
彼女は本当に眼鏡の新入生の体の心配をしていた 彼の体は貧弱そのもので、今は気がついていないだけで、骨に何らかの異常や筋肉に支障があるかもしれない 頭も打ちつけている恐れもあった 本来ならば、あの車の人間が病院に連れて行くなり何なりする責任があるはずなのだが、車は一向に裏門坂に戻って来ない どうやら薄情にも表門の方から帰ったようだった 保健室で保健の先生に事情を説明すると、大変だとすぐに彼の様子を確認してくれた 先生の所見では何ともない しかし、後で症状が出てきたら直ぐさま病院に行くことと言われ、彼は渋々頷いた 何もなかったことに安心して、失礼しましたと保健室を彼と二人で後にする 並んで校舎を歩いていると、彼が後ろから話しかけてきた
「あの、」
「どうかした?」
「ありがとうございました」
「どうもなくて良かった。あ、私は二年の柊玲良」
「一年の小野田坂道です」
「小野田、坂道」
「両親が逆境に負けないようにって付けてくれた名前なんです」
「……良い名前」
「へへへ、僕はこんなのですけど」
「私、あの坂をママチャリで上ろうとするだけ、坂道くん根性あると思うよ」
「え?」
「じゃあ、二年の教室こっちだから」
「はい!」
「また坂で会えると良いね」
格好いい自転車だったなあと坂道は彼女の水色の綺麗な自転車を思い浮かべながら手を振った 競技用だろうか 自分のママチャリも年季が入って大切に乗っているが、彼女のものも大切に乗られているのが分かる ヘルメットを外すと、彼女の綺麗な黒髪が揺れて、何を気にするわけでもなく坂道を心配してくれた親切な人だった 柊玲良 柊先輩 普段、女子と関わることなど皆無な坂道にとって、幸先が良い出来事のように思えた
「おはよう、柊。遅かったな」
彼女はホームルームにかけこむようにクラスに入った 彼女はいつも時間に余裕を持っている 席の前の手嶋に小声で声をかけられて、彼女は苦笑した
「おはよう、手嶋くん。ちょっと事故に」
「大丈夫か!?」
「私じゃなくて、後輩の子。ちょっと打ち所とか心配だったから。あ、おはよう、青八木くん。花の水やりやっちゃった、よね。明日、私やるから部活優先して良いよ」
彼女は教科書を仕舞いながら、横の席の青八木に話す
「……」
「気にしないで」
「……」
「面白い子だったの。裏門坂をママチャリで上ってて」
「!」
「はあ?ありえねー」
「うーん。私も直接見たわけじゃないけど、ありえたら面白いよね」
可愛らしい眼鏡の後輩 ママチャリは使いこまれていて愛着があるようだった 小野田坂道 何と言っても名前が良い 彼女は帰りも彼がいないだろうかと無意識に期待して教室の窓から見える裏門坂を気にした
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