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□音村楽也、中学三年生。
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福岡………


あとで聞いたけど、立向居くんにはアポも取ってなかったみたいで
もし陽花戸中を見付けられなかったら完全にアウトだった。

飛行機から降りた綱海は、顔色は悪かったけど、流石に10時間もかからなかったからか、ギリギリ大丈夫そうだった。
「やってきました福岡!」
大きな窓から広がった空を見て、楽しそうに言う綱海を見たとき、一緒に来てよかったと思った。
「よし!立向居の家探すぜ!」
「え゛っ」
直後に綱海のあまりのノープランぶりに驚いた。
だけど、FFIでの立向居くんの活躍により、陽花戸中が有名になっていたので、「陽花戸中」という言葉を口にしただけで、近くに居たお婆さんが道案内をしてくれた。
あのお婆さんにも感謝すべきだなと思う。

陽花戸中に着いた頃は、まだ授業中だった。
外で体育をしている様子でもなかった(室内授業だったのかもしれない)
だけど、そんな人一人居ないはずの校庭に、一人だけ 俺たちと同じ私服姿の人が居た。
「いつ授業終わんのか、あいつに聞きに行こうぜ!」
そう言って綱海が走り出したので、あとを追った。
走っている途中で、向こうもこちらに気付いたみたいで
「もしかして立向居に会いに来たのか?」
と訊ねられた。
たった一言だったのに、リズムが狂った。
綱海以外の大海原のメンバーと居るときとは違う激しさと、どこかに苦しさのあるリズム…。
綱海が雷門に行ってしまうまでは、綱海と居るときも、似たようなリズムを感じていた。
そのときに、俺はこの狂いを覚えたはずだったのに…
そう思って、周りがまともに見れなくなった。
目にゴミが入ったふりをして、一方的に立向居くんについて語っていた綱海も、そのときは“名前も知らない誰か”でしかなかった人物も視界からシャットアウトした。
「今は黄砂が酷いからな…アレルギーとかない…よな…?」
そう言いながら寄ってくるのが分かった。
心配してくれている
その事実で、リズムだけじゃなくて、心臓の鼓動まで狂い出しそうだった。
「だ、だいじょ―」
「あーっ!!!こ、このヘッドホンどこにあったんだ?!」
「えっ?」
頭の上にハテナマークが浮かんで、心臓が落ち着いた。
代わりにアタマが混乱した。
「そのヘッドホンだよ」
「あ、ああ…これはプレゼントでもらったから知らないんだ ごめん」
そのまま話してても、リズムも心臓もアタマも落ち着かないような状況だったし
綱海がちょっと暇そうだったから、また目にゴミが入ったふりをして、玄関に案内してもらった。

「そういえば名前聞いてなかったな お前何て名前なんだ?」
玄関へと歩きながら、綱海が尋ねた。
名前を聞く以前に惚気たんだ。それぐらいはすべきだ としか思ってなかった。
「戸田雄一郎って名前だ。言い忘れてたけど こう見えて、去年はここのサッカー部のキャプテンやってたんだ」
元サッカー部だという共通点を持った、全国各地に数えきれないほど居る人の偶然出会えただけの一人なのに
そのことを知った体は、リズムを更に激しくして、心臓の鼓動を強く、早くした。
「おっ!マジでか!俺は―」
「ツナミサン だろ?沖縄にある大海原ってとこの!」
綱海は知ってるだろうと思っていたが、大海原のことまで知っていたのには驚いた。
「立向居からよく聞いてたよ 特訓に付き合ってくれたり、試合前に元気づけたりしてくれてたって! 後輩がお世話になりました!…とか言ってみたり…」
「くぅーっ!立向居のやつ…俺のこと話すなんてかわいいなあっ…!!!」
その会話を聞いているとき、リズムに低い不協和音が混じって、そして、立向居くんが羨ましい…と思い込んだ。
けれどあれは嫉妬だった。
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