夢小説
□マネージャーのお仕事@
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──だが、影山はそれから避けようとはしなかった。
いや、避けないのだ。
代わりに動いていたのは、京だった。
ベンチに両手をかけ、軽々と飛び越えたと思えば、そのまま宙に放り出された細い足で影山の顔面近くまで飛んできたボールを蹴り返した。
バンッ、と鈍い音をさせ、ボールは白い軌跡を描きながらゴールの源田まで飛ぶ。
ゴールキーパーの性か、源田の体はボールを取ろうと自然と動いていたが、
「──!」
すでにボールは、ゴールに突き刺さっていた。
その光景にしばらく誰も声が出せなかったが、次第に周りから驚きの声が漏れる。
「嘘…だろ?」
「ゴールが決まった?」
「見えたか、ボール……」
「……全く」
一度もゴールを決めさせたことのない彼が、必殺技ではないただの蹴り返したボールによってゴールを決められたのだ。部員達は、現在の状況が信じられないとベンチを見る。
当の話題の中心となっている京は、無言のまま再びベンチの後ろに身をひそめていた。
時間がとまったかのような空間の中、「東」と鬼道が近づく。
「お前、サッカー出来るのか?」
「……」
「何か言ったらどうだ」
「東」
ここで言葉を発したのは、京ではなく影山だった。
「何故私を助けた?」
「……あ?」
不機嫌そうに京は影山に視線を向ける。
「助けた?」
「そうだ。私に向かってきたボールをお前が蹴り返した」
「違うか?」と付け足す影山。
京は舌打ち混じりで言う。
「勘違いすんな。オレがあんたを助ける訳がない。たまたまオレの所に飛んできたボールを蹴り返したまでだ。あんたを助けたんじゃない」
(ツンデレ?)と何人かの部員は思ったが、口にはしなかった。
「あと、」と京は影山を指差す。
「俺はあんたが嫌いだ。特にあんたのサッカーはな」
「……そうか」
「ああ。寧ろ、ボールじゃなくてあんたの顔を蹴りたかった」
そう言い捨てると京は立ち上がる。
去りぎわ、「あっ、そうそう」と一度立ち止まると、鬼道達に向かいこう言った。
「佐久間 次郎、お前はキック力とコントロールは高いがスピードが足りない。それだとボールが奪われやすい。源田 幸次郎、ゴールキーパーとしてボディが素晴らしいが、お前もスピードが足りない。あと、左からの攻撃が弱いみたいだから、そこを直せ。あと辺見 渡──」
入学当時からクラスでも静かな彼とは思えないくらいの量の言葉に、鬼道達一年生は勿論、いつも練習を黙って見ている姿を見ていた他クラスや上級生の部員達も目を丸くしていた。
それにかまわず京はと言うと、今まで言えなかった分を全て吐き出すように一切表情を浮かべず淡々と述べていく。
自分でもわかっていた短所や気が付かなかった所をあまりにも的確に指摘する京に、上級生もつい「ウッス」や「ハイッ」と返事をする。
「──最後に鬼道 有人」
「……何だ?」
彼のマシンガントークに呆気にとられて、ワンテンポ遅れて返事をした鬼道に、京は無表情のまま言い放った。
「一年生にしては良い指示をする。このままそれをのばすと、きっと素晴らしい司令塔になれる」
「気に入った」と京は手を差し出した。
一瞬、この行動が理解できず手を見つめる鬼道に、「ん」と京が促す。
そこでようやく鬼道は、彼が握手を求めていると理解し、「感謝する」と京の手を握り返した。
「……だが、」
「?」
「プレーにお前らしさが足りない」
京は背を向けて、どこか満足そうに「じゃ」と去ろうとする。
「待て!」
「……何だ?」
鬼道に呼び止められ、面倒くさそうに振り返る京。
「俺らしいプレーとは何だ!?」
「……はぁー」
わざとらしくため息を吐くと京は再び背を向けて歩きながら言った。
「んなもん、自分で見つけろ」
その答えに鬼道は俯いて、強く拳を握り締めた。
遠くなる細い背に影山は声をかける。
「東。監督と言う仕事は忙しくてな、私も選手全ては見切れないのだよ」
ピタリと京の足が止まる。
「どうだ?私を手伝う気はないか?」
まるで挑発するように誘う影山。京は振り返らず、
「やなこった」
とだけ言うと、ヒラヒラ手を振りながらその場をあとにした。
いったい何だったんだとまだ混沌に落ちている部員達の中、影山はいなくなった背を見たまま、人知れず笑みを浮かべた。