兵鳳 短編
□盃に月満ちて
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「……ふぅ」
喧騒から離れて、廊下である簀子に腰を下ろすと、平俊孝は息をついた。
宴なのだから騒がしくなるのは仕方ないのだろうが、どうもそういうのは気が引ける。
その上、集まっている者には、親族のそれも高い位を持つような者も結構いるので、肩が凝ると言うか、居心地が悪いと言うか……。
確かに、自分は、昇殿できる官位ではないし、かと言って喉から手が出る程に欲しいという訳ではないが、ああも囲まれてしまうと気後れしてしまう。
優しくされてしまうと尚更。
「……はぁ」
心に澱(おり)が溜まる、とでも言うか、……苦しくなってくる。
だから、一族で集まるのはあまり好きではないのだよなぁ……。
ふと、空を見ると、丸い月が浮かんで照らしている。
ああ、そういえば今日は、十五夜か……。
こちらに近付いて来る足音と気配を感じて、俊孝は振り向いた。
「御機嫌よう、俊孝殿」
「……敦盛」
いたのは、同年齢の従兄弟の平敦盛だった。
「どうして……」
「こういう宴だと、よく貴方は風に当たりに行きますから」
女のように美しい顔で、敦盛は穏やかに微笑む。
「どうでしょう?一緒に」
そう言って、手に持っていた提子(ひさげ)と盃を示す。
「……ああ。いいな」
俊孝も微笑みを返した。
◆◇◆
酒がつがれた盃を軽くぶつけ合うと、二人は口に持っていった。
「あ……旨い」
「いい物ですよね、これ。伯父上が御選びになったのでしょうが……さすが、と申すべきでしょうか」
互いに酌をしながら、たわいのない会話をする。
やはり、気が置けない者と一緒にいるのは心地好い。
「ねぇ、俊孝殿」
「何だ」
「今宵は月が綺麗ですね」
「……そうだな」
「月を飲むのも、いいですね」
「……へ?」
何を言い出すのかと、俊孝は聞き返す。
敦盛は説明してくれた。
「こうして、盃の酒に月を映すんです。そしてその月を映した酒を飲めば、月を飲んだような気持ちになりません?」
俊孝は一瞬きょとんとしたが、彼の説明を聞いたら、頬が緩んできた。
「はは、何だよそれ」
「でも、良いと思うのですが」
「……そうだな。そんなのも、中々風流だ」
そう言って再度空を見上げた時、不意に敦盛が肩に寄り掛かって来た。
「……敦盛?どうした、敦も……」
すー、すー、という安らかな寝息が聞こえてきて、俊孝の言葉は途切れた。
どうやら、酔いが回ったらしい。
「全く……」
一緒に飲もうと言ったのは、お前の方じゃないか……。
寝顔まで美しく可愛らしいのがまた憎らしい。
俊孝の頬は自然と緩んだ。
盃を見ると、月が水面(みなも)に浮かんでいる。
「……月を飲む、か……」
俊孝は、満月の浮かんだ盃を一気に飲み干した。