兵鳳−つわものあげは−

□拾 いつの日か、また
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夕焼を下げ、腰刀を腰に差そうとして、手が止まる。

…そういえば、この腰刀は、元々源氏の武者から頂戴してきた物だった。
落ち延びた時、斬り殺した武者から、置いてきてしまった自分の腰刀の代わりにと奪ってきた物だ。

…腰刀など、手に入れようと思えば幾らでも何とかなるだろう。
わざわざいつまでも持っていることも、使うこともない。

それに、源氏の武者の腰刀をいつまでも平家の自分が使っているのもどうだろう。

俊孝は少し思案した後、腰刀を部屋の片隅に置いた。

さあ部屋を出ようかという時、誰かの足音が聞こえた。

「失礼します」

夜で明かりもろくにないため、顔はわからない。だが、声で誰かはわかる。

「…夕陽か」
「はい、いかにも。…延寿殿、姫様がお呼びです。部屋に来てくれとのことです」
「…え?」

俊孝が呆気に取られていると、それに気付いたのか夕陽は笑っているような声で、また言った。

「大丈夫です。姫様は、貴方のことを嫌ってなどいませんから」
「え…ああ…」
「御別れくらい、言って差し上げて下さいな。姫様が寂しがりますよ」
「…そう、だな」

夕陽に連れられ、俊孝は光風の部屋に行く。

「姫様、延寿殿が参りました」
「入って」

部屋に入って来た俊孝の姿を見た光風が、少し驚いたような表情をしたのが、灯台の薄明かりの中に見えた。

「…もしかして、今から出て行くつもりだったの?」

旅支度した姿を見て、そう判断したのだろう。
俊孝は気まずそうに頷いた。

「…そうだ」
「――莫迦っ」
「…済まない。…顔を合わせてしまうと、出て行きにくくなってしまいそうで…」
「…そう。――延寿、もっとこっちに来て、顔を見せて」

言われて俊孝は怖ず怖ずと近付いた。
近くまで来た俊孝に、光風は唐突に抱き付いた。

「――っ!?」

驚いた俊孝の顔が朱に染まる。
鼓動が一気に早くなる。
彼女の柔らかい匂いが、鼻をくすぐる。

「ひ、光風っ?」
「…行かないで、ってわたしが言っても、延寿は行くの?」
「え?……ああ」
「…莫迦」

どうせそうなのだろうと思っていた返答。
心の奥底で、否定してくれることを望んでもいた。
…彼が今出て行ってしまうと、もう二度と会えなくなってしまうような気がしていた。

光風の体が俊孝から離れる。


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