兵鳳−つわものあげは−

□拾 いつの日か、また
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「別に。鬱陶しいのがいなくなってこちらは清々しますよ」
「ああ、そう…」

相変わらず一言多い奴。
でも、このような口を利いてくる奴とも別れかと思うと、淋しくなるような…ならないような。

「光風の様子はどうだ」
「…何でわざわざそんなこと聞くんですか?」
「いや、何と言うか…避けられてる気がして」
「へーぇ、そうなんですか」

朝日が、見ているこちらを腹立だたしくさせるような笑顔になる。
…嫌な奴。

「貴方に愛想尽かしたんじゃないですか」

その言葉は地味に心に応える。
俊孝は、苛立つ心と腰の太刀――夕焼に行きそうになる手を、どうにか抑える。
落ち着け自分、と何度も心の中で繰り返す。
こいつを斬っても、何の利益もない。

「でも、中々急な話ですよね。もう五月雨の季節だというのに」

五月雨とはすなわち梅雨。
雨の日も増えてきている。

「まぁ…。一応連絡もついたそうだし、善は急げとも言うからな」
「ふぅん…」

朝日がじっとりとした目をこちらに向ける。
疑わしいものを俊孝の言葉に感じ取ったらしい。

「…何だよ」
「いいえ。何でもありません」

そう言うと朝日は、さっさと部屋を出て行った。

朝日が去った後、俊孝は部屋の外に出る。

空は曇り、風が何処か湿っぽい。
雨が近いのかもしれない。

「……はぁ」

溜息をつく。
さっきの朝日の言葉が、何度も繰り返される。
貴方に愛想尽かしたんじゃないですか、と。

「…っ」

首をぶんぶんと振り、必死で思考から追い出す。

…だが、尽かしてくれた方が良いのかもしれない。

平家であることを隠し、源氏の姫の隣にいる。
騙していると言うなら、間違ったことは言っていない。

俊孝の左手が、自然と腰に下げた夕焼に触れる。

自分は平家、彼女は源氏。
共にいる限り、自分達に未来などない。
互いを不幸にするだけだ。

だから、これで良い。
良いんだ。

「…っ…」

…どうしてこんなに、胸が締め付けられるのだろう。

ぽつりぽつりと、空から雫が落ちてきた。


◆◇◆


日が暮れ、夜になった。

俊孝は昼間渡された直垂に袖を通し、身支度を済ませた。

…夜のうちに、此処を出る。

下手に顔を合わせれば、未練を持ってしまうだけだ。
なら、合わせていないうちに、いなくなれば良い。


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