兵鳳−つわものあげは−
□拾 いつの日か、また
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――あの、姉上。
今朝わたし、夢を見たんです。
夢の中では、わたし達、鳳蝶になっていました。
わたし達は花畑にいて、少し離れた場所には別の鳳蝶が二匹程いました。
片方の鳳蝶は、桜の枝や竜胆(りんどう)の花に止まったりして、時折羽を休めていました。
そこにもう一匹――赤い斑点がある鳳蝶が来て、その羽を休めていた鳳蝶をそこから連れ出そうとします。
少し名残惜しそうな素振りを見せつつも、その鳳蝶は赤い斑点のついたのと一緒に、わたし達がいる方に来るんです。
わたし、その時、懐かしいような気持ちになりました。
――その辺りで、わたしは目が覚めました。
…あの、姉上。
これって、何かの前触れなのでしょうか。
…そうですよね。
その何かが起きてからでないと、前触れだったなんてわかりませんよね。
――姉上。
その…兄上は、御無事ですよね?
ちゃんとまた、兄上は御顔をわたし達に見せて下さいますよね?
――その日が来るように、今のところは祈るしか方法はない、ということですか。
…わかりました。
◆◇◆
「…ふぅ」
俊孝は一通りの荷物を整えた。
とは言え、元々荷物になるような物はほとんど持っていないのが現状だが。
それでも部屋の片付けは、自分でやった。
…此処とも、お別れか。
皐月に月が変わる頃、俊孝は此処を出ることを告げた。
自分の素性は伏せ、あくまで西国にいる親戚を頼ることにした、と語る。
光風の母は了解してくれたが、問題は光風だった。
以来言葉を交わしていない。
話し掛けようとすると、無視して立ち去ってしまう。
突然のことに動揺してもいるのだろうが、さすがに俊孝にも少し応えた。
ちゃんともう一度くらい話したいのだがな…。
と、人の足音が聞こえて来た。
「…入りますよ」
朝日だった。
手に何か持っている。
「それは?」
「奥方様からです。餞別とでも思ってくれ、とのことだそうで」
広げてみれば、直垂だった。
前に夕陽から貰った物と色は違って濃いめの萌黄色だが、布は中々上質で丈夫そうな物だった。
旅に備えてということだろうか。
「へぇ……結構いい奴だな。有り難く頂戴する」
「それはどうも。…で、明日発つんでしたっけ」
「ああ、そのつもりだ。世話になったな」