兵鳳−つわものあげは−
□捌 今際を伝えて
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「帰れば色々と面倒になるかもしれないのは、わかってるけど…でもね、考えたの。やっぱり、わたしは、母様に会いたい。たまには顔を見に帰りたい。それに、きっと母様だって、わたしの顔、見たいはずだもの」
「…そうか。良い選択だ」
「それに気付かせてくれたのは、延寿よ?…ありがとう」
そう言って、光風は微笑んだ。
俊孝はそれを見て、心臓の高鳴りを感じた。
照れて頬が赤く染まる。
「どう…致しまして」
「顔、赤いけど、大丈夫?」
「え!?……だ、大丈夫だから…笑わないでくれ!」
「だって、ふふふっ」
光風が面白がって笑うので、更に俊孝の顔が羞恥で赤くなる。
頬が熱くてしょうがない。
「…それで、また、何処かに行っちゃうの?」
俊孝の頬の赤みが引いた頃、光風が口を開いた。
「いや、その…都に来るのは、久々だし、色々見ておきたいなー…なんて。だから、またしばらく歩いて来る」
「ちゃんと帰って来てね。…貴方のこと、母様にも紹介したいの」
「うん………え?」
…聞かなかったことにしよう。
「そういえば、朝日や夕陽は?」
「もうこっちに来ているんじゃないかしら。母様に、わたしが都に来てるって知らせてると思うわ」
「ふぅん。…じゃあ、その、…後で」
そう言うと、俊孝はそそくさと駆け出した。
「ちゃんと此処に来なさいよー」
「ああ」
光風の言葉を背で受け止め、俊孝は速度を上げた。
◆◇◆
「ふー…」
呼吸を整え、辺りを見回す。
確か、この辺りで、昨日は市をやっていたような…。
今日は市はなく、そこは人々が行き交う普通の道となっている。
辰沙は昨日、自分は大抵この辺りにいると言っていた。
だから、今日もいるだろうと考えたのだ。
「……」
が、見回す限り、彼らしき人物は見付からない。
――もしかして、昨日のは、夢だったのではないか?
そんな考えがふと浮かび、急いで頭から追い出す。
あれは、夢なんかじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、捜索を続ける。
と、俊孝がいる場所から何丈か離れた所の道端で、ぼんやりと腕組みをして突っ立っている青年を見付けた。
俊孝は近付いて、彼の特徴を把握する。
長い前髪が彼の右目を隠し、太刀を腰に下げている青年。
――間違いない。
「…辰沙!」
俊孝の声に気付き、辰沙はこちらを向くと、嬉しそうな表情になった。
辰沙の笑顔に釣られ、俊孝も自然と頬が緩んだ。