兵鳳−つわものあげは−
□捌 今際を伝えて
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それは、氏神である厳島の社(やしろ)の神前で行われた。
服は直垂――それも真新しいかなり上質の物を着せられた。
化粧も本来ならすると聞いたが、兵であって公家ではないからという父の言葉で、辞退した。
父を始めとする一族の者らが見守る、厳(おごそ)かな雰囲気の中、慣れ親しんだ稚児髪が解かれ、髻(もとどり)を結われる。
烏帽子親を引き受けた、一族のある者が、彼の頭に烏帽子をゆっくりと載せる。
烏帽子が自分の頭に触れ、載せられた時、延寿は自分の身が引き締まる思いがした。
同時に、この自分が遂に元服するのだという実感が、ようやく湧いた。
「貴公の名は、今日から『俊孝』としよう。御父上の俊盛殿からの一文字と、『親や一族を大切にする』という意味の『孝』で、『俊孝』」
――平俊孝。
彼は胸の内で噛み締めるように呟いてみる。
それが、今日からの自分の名前。
晴れての元服。これで、自分は一人前の男子の一人となる。
「俊孝殿。その名にある通り、我等が平家の一族の為に自身の最善を尽くすよう」
「――はっ」
俊孝は頭を下げながら、返事をした。
◆◇◆
「――付いて来てくれて、ありがとう」
光風は、とある屋敷の前で歩を止め、俊孝の方を向いて言った。
「此処が、わたしの実家」
「へぇ…」
俊孝は、光風が手で示した先に建つ屋敷に視線を移す。
成る程。
中々に大きな屋敷だ。…上流の貴族や、平家の中でも地位の高い者の屋敷には及ばないが。
「でも、何故また来ようなんて思ったんだ?お前、帰るの嫌だとか言っていなかったか?」
「うん、まあ、そうだけど…」
少し恥ずかしそうに、光風は目を逸らしつつ口籠もる。
「なんだよ。はっきり言ってみろよ。…笑わないから」
「延寿が、そこまで言うなら…。…あのね。延寿の御蔭、なのかもしれない」
「…え?」
何故そのようなことを言われたのかわからない、という怪訝な表情になる俊孝。
「昨日の夜、延寿、わたしを部屋まで送ってくれた時、言ったじゃない。『孝行は親がいるうちにやっておけ』って」
「ああ…」
確かに、光風を部屋まで送り、別れ際にそう言葉を掛けた。
彼女が実家に、母の許に帰るのを渋るのを見兼ねてだった。
離れていれば、親子に限らず自然と再度会いたくなるもの。
きっとそれは、光風にも当て嵌まるはずだ。