兵鳳−つわものあげは−

□漆 再会と借り
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「――もう知っていたか」

愁いの表情を顔に浮かべ、俊孝は腰の夕焼に手を掛けた。
それを見て、辰沙は口を開く。

「夕焼、ですよね。御館様の」
「ああ。父上が、俺を逃がす時に渡してくれた」
「そうでしたか。――俺が追い付いた頃には、もう屋敷は焼け落ちていました。近くにいた源氏の兵士達が話していたのを聞いて、御館様が自害なされたことと、若が行方知れずなのを知りました」
「…そうか」
「その後、若の――俊孝様の行方を探るために情報を集めようと都に身を隠していたのですが…御館様の首が、晒されていました。それで、俺は……改めて実感しました。もう御館様は…亡くなられたのだと」

辰沙の声は震えていた。
自分を認めてくれた恩人を亡くしたのだから、無理もない。

不意に、俊孝が手を伸ばして、辰沙の右目を隠す前髪を除けた。
黒の左目と色の違う、赤の目が姿を現す。

「…若っ、眩しいです」
「ああ、済まない。こちらは明るいのを嫌うのだったな」

辰沙の右目は、目に入る光を弱める、色素が薄いので、眩しい光を嫌う。
その所為もあって、辰沙はいつも右目を髪で隠していた。

「やはり、綺麗な目だ」
「…!」
「父上が辰沙と名付けたのも、わかる気がする。辰砂の原石などとは、よく例えたものだ」
「…ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます。ところで…」

目を細めて微笑んだ後、辰沙は俊孝を上から下までじっくりと眺める。
肩に先がほんの少し届くか否かの短い黒髪、見慣れない露草色の真新しい直垂。

「…なんだ」
「若に何があったのか、聞かせてもらえませんか?」
「ああ…」

少し言いにくそうに頬を指で掻くと、俊孝は口を開いた。

「…話せば長くなる。それでも、良いか?」
「ええ。最後まで聞きますよ」

辰沙がにっこり笑う。
釣られて、俊孝も口角を吊り上げた。

そして、息を吸うと、語り出す。

落ち延びた後のこと。
怪我をしたのを、光風という少女に助けてもらったこと。
現在は彼女に世話になっていること。

光風が源氏の姫君だというのは伏せておいた。
それを告げれば、色々と厄介なことになると思ったからだ。

「…まあ、そういう訳だ」
「色々ありましたね。…怪我の方は?」
「既にもう治っている。だから心配はいらない」
「そうですか。なら、良かったです」


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