兵鳳−つわものあげは−

□漆 再会と借り
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「――そなた、何故片目を隠している?」

そう問われて、彼は口をつぐみ、目を逸らした。
聞かれたくなかったらしい。

「どれ、見せてみろ」
「あっ、やめっ」

抵抗しようとしたが、大人の男の力に勝てる訳がなく、肩を押さえられ、右目を隠していた前髪を退かされた。
光が右目に飛び込んで来る。

「…ほぅ。成る程な…」
「……」

あったのは、淡紅色の目。左目は黒いのに、右目は赤。
つまり、左右で目の色が違う。

生まれた時からこうで、見られる度に、気味が悪いと散々罵られてきた。
またそうだろうと予想して、彼は目を逸らし、身構えた。

「――綺麗な色の目ではないか」
「…!」

彼は驚いて目を見開かせた。

「まるで辰砂(しんしゃ)の原石のようだ。綺麗な色だ」

そのように言われたのは、初めてだった。

「辰砂という字は『たつさ』とも読めるな。字を少し変えて、『辰沙』。そなたはこれから、辰沙と名乗るが良い」
「たつ、さ…?」
「そうだ、辰沙だ。――辰沙。儂の息子の郎党にならぬか?」
「郎党…」

この人になら、この人の息子という者になら、付いて行ってもいいかもしれない。

そう考えて、彼――辰沙は頷いたのだった。


◆◇◆


市から幾らか離れた、人通りの少ない場所で、改めて二人は話していた。

「ご無事でしたか、若…!」
「ああ。お前も無事で何よりだ」

辰沙は俊孝の郎党の一人で、一番付き合いが長かった。

「ちゃんと実体はありますよね?生きていますよね?」
「当たり前だ。何なら、触れてみろ」
「…では」

辰沙は差し出された俊孝の腕を掴み、脈と温もりを確かめる。

「…ほんとだ…。良かった…生きてる…」
「だから、さっきからそう言ってるだろう。もういいか?」
「あ…済みません。その…つい、嬉しくて」

そう言うと、辰沙は洟(はな)を啜った。
目が潤んでいるようにも見える。
生きて主と再会できたことが、余程嬉しかったのだろう。

「お前も、生きていてくれて良かった。一ノ谷の戦の後、はぐれた時はどうしようかと思った」
「…あの時は、申し訳ありませんでした。追っ手を撒くのに、思っていたより時間がかかってしまって」
「気にするな。お前が殿(しんがり)を務めてくれたことは感謝している」
「…ありがとうございます。俺には勿体なき御言葉。ですが…」

辰沙の顔が曇った。

「御館様――俊盛様は……」


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