兵鳳−つわものあげは−

□陸 都へ
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「はい、口開けて。あーんって」
「……」

目の前に差し出された、朝餉を掬った匙(さじ)を見て、俊孝は困ったような何とも言えないような顔をした。

「どうしたの?食べないの?」
「…光風」
「?」
「…さすがにそれは、もう止めてくれないか」

俊孝の言葉にきょとんとした顔になる光風。

「怪我だって、もうほとんどは治ってる。一人で動き回ることもできる。食事だって、…もう自分でできる」

弥生は、気付けば瞬く間に過ぎ去り、卯月になった。
日差しも徐々に強くなり始め、もうしばらくすれば、梅雨も訪れるだろう。

俊孝の怪我もほぼ回復し、跡が多少残る程度となった。
痛みも特にない。

俊孝の言葉に、光風の表情は不満げなものになった。

「えぇー…つまんない」
「そう言われてもだな…」
「そう言わずに。はい、あーん」
「いや、だから…」
「ふふっ。冗談よ」

そう言って笑うと、光風は行き場をなくした匙を自分の口へと運んだ。

「…うん、やっぱり、夕陽は料理が上手ね」
「それは否定しない。…多少、味が濃い気もするがな」
「あら、そう?普通じゃない?」
「そうか?俺には少し濃い気がする。…まあ、もう慣れたが」

言いながら、俊孝は膳の上の汁物に手を伸ばした。

「それなら、良かったわ。あ、そうそう」

何か思い出した様子で光風が言葉を続ける。

「義経兄様がね、たまには都の方に来てみないかって。そろそろ庭の卯の花が咲くから、見に来ないかってね。延寿も、一緒に行かない?」
「…ぶっ!?」

俊孝は思わず飲んでいた汁物を軽く吹いた。気管に少し汁が入ってむせる。

また、あいつに会えと言うのか。
仇敵であるあいつに。

「大丈夫、延寿?」
「げほっ、ごほっ、…平気だ。…遠慮、しておく」

言葉は後になる程小さくなっていっていたのだが、光風には充分に届いたようだった。
不満げな表情をこちらに向けた。

「ええー!!行ってくれないの?」
「ん、…ああ」
「行きましょうよ。たまには出て外の空気を吸いましょう?」
「全然出ないで、いつも引きこもっている訳じゃないぞ?」

怪我の痛みが引いてきたのを見計らって、俊孝は、時折外に出ては剣術等の鍛練をしていた。
療養中に落ちてしまった体力や筋肉を、一刻も早くに取り戻すためだ。


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