兵鳳−つわものあげは−
□伍 どうして
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――綺麗だ、と思った。
辺りが暗くなり、太陽が欠けていく。
いわゆる日食が起こったのだ。
今日、これが起こるとは、あらかじめ聞いていた。
でも、こんなものだとは思っていなかった。
太陽が光の輪になる。
…綺麗、だな。
「――俊孝!」
「…っ、はいっ!」
唐突に名を呼ばれて我に返る。
今、自分がいる場所を思い出す。
辺りは血のにおいが漂い、蒼い海は所々紅く染まっている。
船の上にいるので、足場は少し不安定だ。
そして、体にかかる大鎧のずしりとした確かな重さ。
――そうだ。
此処は、戦場だ。
「俊孝、我等は勝ったぞ!」
「それは誠ですか、義兄上!」
「ああ。見ろ、白旗の船が退却して行くぞ。日が欠けることを、源氏の者達は知らなかったのだろうよ。暗くなった途端に、慌てふためいていたしな」
「…本当だ。やりましたね!」
「ああ。これで、また形勢が変われば良いのだが…」
そう呟いて、教経(のりつね)は明るくなりつつある空を見上げた。
釣られて、俊孝も空を見上げる。
日はもうほぼ元通りで、昼の明るさを取り戻していた。
――平家が源義仲を備中の沖で敗った合戦は、後に水島の戦いと称される。
◆◇◆
「…っ」
…夢か。
瞼を上げると、木漏れ日が目に入った。
…あれ?此処は…?
自分はどうやら、地面に大の字になって寝転んでいるらしい。
腕に、違和感。
右腕に何か乗っている。
「…あ」
気を失った光風が、俊孝の右腕を枕にしていた。
「…光風、起きろ」
「ん…」
目を擦りながら起き上がる。
俊孝も起き上がろうと、体に力を込めた。
「…痛っ」
体中が痛い。
体のあちこちに、針が刺さっているかのようだ。
痛みを堪えながら、どうにか起き上がった。
…そうだ。
斜面を転げ落ちて、…咄嗟に光風を庇ったんだ。
右腕がじんわりと痺れている。
「あれ…延寿…?此処、何処?」
「さあ…大分落ちた気もするしな…。…怪我とか、痛い所はないか?」
「へ?わたしは…特には」
「そう。なら、いい。頭、葉っぱ付いてる」
「え、え?」
「…いいよ。取ってやる」
そう言うと、俊孝は光風の頭に手を伸ばす。
腕に伝わる痛みを堪えつつ、髪に絡まる落ち葉を取ってやった。
「あ…ありがとう。延寿の方は、平気?」
「俺?…ほとんどかすり傷だ。平気だから、心配するな」