兵鳳−つわものあげは−

□肆 弥生の桜
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月が如月から弥生に変わった。
春も盛りになっていく。

「…で、あなたの新しい直垂は、今姉さんが作っているので、はいこれ」

床(とこ)から上半身だけ起こした状態の俊孝に、朝日は着物を差し出した。
色や模様からして男物。

「…これは?」
「外に出るのに、寝間着はないでしょう?だから、オレの。オレは成長期だから、大きめに作った着物を手直しして小さくして着てるんです。背が伸びても、同じのを直せば着られるように」
「これを着ろと?」
「もう直してあります。そのまま着ても大丈夫ですよ」
「そうか…。…あれ、何か丈が短…って、朝日、お前!」
「やーい、騙されたー!本物はこっちー」
「早く寄越せ!このっ!」

からかう朝日から着物を取ろうと右手を伸ばす。

ずきん。

「…っ!」

表情が苦悶のものになり、俊孝の手が下がる。
矢傷はまだ、完治していない。

「…大丈夫ですか?」
「このくらい…なら…」
「そういえば、まだ今日は痛み止め、塗ってませんでしたね。塗りましょうか?」
「お前に頼みたくない…」

目を逸らし、嫌な顔をする俊孝を見ると、朝日はしれっとした顔で口を開いた。

「じゃあ、オレが塗って差し上げましょう」
「待て、俺は塗れなんて一言も言っていない!」
「照れなくていいんですよー?オレら男同士ですし」

逃がさないと言わんばかりに、朝日は俊孝の着物を掴む。

「莫迦、やめろ!…いだだっ!」
「あなたが一体何処の出身で、今まで何をしてきたのか人なのか、正直に教えて下されば、オレも考えますがね」
「…言っただろう。俺はこの辺りの豪族の出で、村が戦に巻き込まれて、…逃げて来たのだと」
「怪我も流れ矢に当たったんでしたっけ?」
「…そうだ」

怪しまれないために、作った身の上話だ。
それでも朝日は完全に信じず、時折、こうして問い糾(ただ)してくる。
…迷惑だ。

「…そういえば、お前、何歳なんだ?」
「オレ?十三です」
「……」
「ちなみに、姫様が十六で、姉さんが二十です」
「…へぇ」
「あなたは幾つなんですか?」
「俺か?…十七」
「十七、ということはもう元服してるんですね。…その割には大人気ないというか」
「…お前な」
「あっ、今話を逸らすつもりだったんでしょう?そうはいきませんよ。早く正直に言って下さい」
「……」

ばれたか…。

「正直も何も俺はもう正直に…いだだだっ!」

朝日が傷の一つを強く押さえた。


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