兵鳳−つわものあげは−

□参 零れ落つるは
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「へ、へぇ。そうなのか。例えばどんなのがいたんだ?」
「オレは人伝(ひとづて)に聞いたので、直接見た訳ではありませんが…」

そう前置きして、朝日は続けた。

「オレが聞いたところでは、平敦盛殿、俊盛殿などが、一ノ谷の戦で討たれたと聞いています」
「…!!」

敦盛殿が…討たれた?
もう彼のあの笛も、あの綺麗な笑顔も、聞けない、見られないというのか。

俊孝は知らなかった。
敦盛が、前(さき)の、一ノ谷の戦で討ち取られていたことを。

一ノ谷での戦の時、源氏の大将の源義経が鵯越(ひよどりごえ)から奇襲をかけたことで、平家は混乱に陥った。
その混乱の最中、俊孝は敦盛を見失い、彼は海上の平家の船に戻っているだろうと考え、父と自身の屋敷へ退却したのだった。
船の方へ行かなかったのは、その時は海上の船より自身の屋敷のが近かったためだ。

その結果、屋敷は追っ手の源氏の者達に焼き打ちされ、父俊盛は自害し、俊孝は命からがら落ち延びた訳だが。

朝日が俊盛は一ノ谷で討たれたと言っているのは、人伝に聞くうちに語弊ができたためだろう。

「…どうかしました?」
「…っ!」

怪訝そうな朝日の声に我に返る。

「い、いや、何でもない!…それより、俺は寝る!だから、お前は早く下がれ!」
「…はいはい、わかりましたよ。悠久にでも永遠にでもゆっくり寝てて下さい」
「縁起でもないことを言うな!お前は一々一言多いんだよ!」
「はいはい、それではお休みなさいませー」

そちらに背を向けたまま言うと、朝日は部屋から出て行った。…大人しく従ってくれて、良かった。

「…?」

目の前が霞む。
俊孝は、自分の頬が濡れていることに気付いた。
だが、それはすぐに自分が泣いているのだと気付く。
涙は堰(せき)を切ったように溢れた。止まらない。

…泣くな。お前は兵(つわもの)の…平家の子だろう。
もう十七にもなるのだろう。

そう心の中で言い聞かせるが、涙は止まる気配を見せない。

無理もない。
従兄弟の――大切な友人の死を知ったのだから。

「っ…ぅぐ…ひぐ…」

漏れる嗚咽を、必死に押し殺そうとした。

…あの笛の音が聞こえてきたのは唐突だった。
未熟でありながらも優しい調べ。
光風が笛を吹いているのだろう。


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