兵鳳−つわものあげは−

□弐 早咲きの邂逅
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「…風、気持ち良いわね」

袴を穿いて少年のような身なりをした少女は、馬の上で少し暖かくなった朝の風を感じていた。
袴を穿いてはいるものの、上には女物の着物を着ているので、それが彼女が女であることを少なからず教えていた。

「――姫様、光風(ひかぜ)姫様っ」

少女は、自分を呼ぶ声に振り向いた。

「あら、朝日。どうしたの」

彼女を呼んでいたのは、一人の少年。召し使いらしい。
こちらに息を切らせながら走って来た。

「姫様、こんなとこにおられたんですか。姉さんが探していましたよ。朝餉(あさげ)の支度ができましたよ、って」
「夕陽が?あら、それは済まないことをしてしまったわ」
「オレも朝から疲れましたよー。散歩に行くのでしたら、一言でも声かけて下さいって、いつも言って」
「あーあーあー。わかったわよ」

朝日の文句に耳を塞ぐ光風。

「では、早く行きましょう。手綱はオレが引きますから」
「平気よ。わたしにもそのくらいできるから。…あら?」

光風は、朝の風の中に花びらが混じっているのに気付いた。
薄桃色の小さな花びら。

「…もう咲いてる桜があるのかしら。ねえ、朝日、見に行っちゃ駄目?」
「ええー…。姉さんに怒られるのは、姫様じゃなくて、オレなんですよぉ?それに桜なんて、これからの季節、いくらでも見られますって」
「いいじゃない。わたしは今見たいの」
「ええー…」

朝日は困った顔をしつつ、溜息をつくと言った。

「…さっさと見て、さっさと帰りましょうね。オレ、腹減ってますし」
「ありがと朝日!」
「あっ、姫様待っおわっ」

朝日から手綱を奪うと、光風は風上の方へ馬を向かわせた。
その様子に朝日は茫然とした後、また困った顔をして、溜息をついた。

「ほんとに、もう…」

思い立ったらすぐ行動。
まあ、それがうちの姫様、か。

「…ああ、待って下さいったら、姫様!」

朝日は光風の後を急いで追い掛けた。


◆◇◆


「あ、見えてきた見えてきた」

光風は、花びらを舞い散らせる満開の桜の木を見付けて、心躍らせた。

本来なら、桜が咲くには、まだ季節的には早い。
慌て者なのかしら、あの桜は。

光風はそんなことを考えながら、桜の木に近付いて行く。

「にしても、本当に綺麗。やっぱり春の花と言えば、桜以外にないわ」

自然と独り言が口から出た。


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