兵鳳−つわものあげは−
□壱 始まりは焔の中に
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「父上、父上も某と共に…!今ならまだ」
「ならぬ」
「何故です!?」
俊孝は、父の瞳を真っ直ぐに見据えた。
その眼差しに耐えられず、父は目を逸らした。
「早く行け。奴らがこちらに来るのも、火が回るのも時間の問題であろう」
「ですが…!」
遠くで、火の爆ぜる音と、自分達以外の人の声、そして鎧の音が聞こえた。
此処も直に奴らが来る。
「早く行け。――花江(かえ)と、咲江(さえ)を頼む」
「……」
俊孝は俯いたかと思うと、顔をバッと上げた。
決意をした顔だった。
「…父上。どうか御体は大切になさって下さい。――では」
俊孝は父に背を向け、部屋を走り出た。
足音が次第に遠ざかり、やがて火の爆ぜる音に消された。
「…そなたも、達者でな」
父は、俊孝が置いて行った腰刀を抜いた。
刃を首の横に押し当てる。
今までの記憶が、思い出が、浮かんでは消えた。
この間までは、年を越すことさえ危ういだろうとまで産婆に言われるような、か弱い乳飲み子だったのが、今では元服してもう十七になるか…。
鎧の音と足音が近付いて来る。
――敵の手に辱められて殺されるくらいなら。
父は意を決して、自分の首の横に押し当てた腰刀を一気に引いた。
◆◇◆
「っはあ…っはあっ…」
屋敷の裏にある森の木の幹に背を預け、俊孝は荒く呼吸をした。
周りを見る限りは、人はいなさそう…。
だが、鎧の音が近付いて来る。
隠れないと。
俊孝は近くの茂みに身を隠した。息を殺し、気配を絶つ。
「おい、誰かいたんじゃないのか」
野太い男の声。
がしゃがしゃと鎧の音をさせながら、俊孝の近くまで来た。
幸いこちらに気付いてはいない様子。
「気の所為(せい)か…」
別の足音が近付いて来る。
「どうかなさいましたか」
「いや、人がいる感じがあったのだが…。それよりどうした」
近付いて来た別の足音の主は、どうやら男の郎党のようだ。
「はい、屋敷に突入した者の話では、平俊盛(たいらのとしもり)の自害が確認されたとのこと」
父が、死んだだと…!?
…こうなることは、薄々気付いていた。いや、わかっていた。
だから覚悟もしていた。
――つもりだった。
目の前が霞む。頬を雫が伝う。
…泣くな、自分。
泣いたことで気が緩んだのであろう。
「…やはりそこに誰かいるな!?」
感づかれた。
俊孝は跳びのいて茂みから出た。
さっきまで自分がいた場所に男の太刀が刺さった。
涙を手の甲で拭い、俊孝はそちらを見据える。