兵鳳−つわものあげは−

□壱 始まりは焔の中に
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焦げ臭いにおい。
心なしか暑い。
きっと、火を放たれたんだ。

太刀は折れ、矢も前(さき)の戦で既に尽きた。
これまでか…。

彼はこれからの自分の運命を自ずと感じた。

「…俊孝(としたか)」

父の声に少年はそちらを向いた。
大鎧を着た少年である。だが兜は外しており、その長い黒髪を背に流すように垂らしていた。

「何でしょう、父上。自害の覚悟なら既に出来ております」

そう言って、俊孝は腰刀を取り出した。
しかし、父の質問は予想していたものとは全然違うものだった。

「そなたは、今年で幾つになる」
「…え」

予想しなかった質問に驚きながらも、俊孝は自分の歳を告げた。

「今年で十七になります」
「そうか」

父は、腰に下げていた太刀を外して、俊孝の前に置いた。
赤漆で塗られ、金箔が随所に貼られた綺麗な太刀である。

「これは…」
「持って行け」

父の言葉に驚いて、俊孝は太刀に行っていた視線を父に向けた。

「そなたの太刀は、前の戦で折れてしまったのだろう?」
「ですが…」

父は、何故此処で太刀を自分に与える?
これじゃあまるで。

形見じゃないか。

「…何故、父上は某(それがし)に太刀など与えるのです」
「――そなたは生きろ。かような所で命を絶つには、そなたはまだ早過ぎる」
「…!」

俊孝は目を見開く。
父は自分に生き恥を晒せと言うのか。

「何故…!?『兵(つわもの)らしくあれ』と常日頃おっしゃっていたのは、父上ではありませんか!?」

反論する俊孝を落ち着かせるように、父は彼の両肩に手を置いた。

「そなたは生きろ。敵(かたき)を討てとは言わぬ。幸せに生きろ。これは、そなたの親としての願いだ」
「……っ」

父の眼差しに、俊孝は反論を続けられなくなった。
真剣さと哀しみが入り混じった、その眼差しに。

「―――わかりました」

震える声で搾り出すかのように、俊孝は言った。
目の前に置かれた太刀を掴む。

それを見て父は安らかな笑顔を見せた。
そうだ。それで良い。

「その太刀は、我が一族に伝わる物。名を夕焼(ゆうやけ)という。今を持ってそなたに与えよう」
「……はい」
「裏から行け。そちらはまだ火が回っておらぬはずだ。鎧は置いて行け。重くては何かと不便であろう」
「……はい」

俊孝は鎧を脱ぎ、直垂(ひたたれ)姿になった。


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