呪術師の娘

□五十九章 葛藤は
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「――ズ、リズ。」
 体を揺り起こされて、私の意識は覚醒した。
 その瞬間、リジィと目が合う。

 ここはどこだったか。
 ぼんやりとした頭で考える。
 レオナールに担がれて、山小屋に着いて。
 そこで、夕食もそこそこにふて寝して。
 そう、ここは山小屋だ。
 外はまだ暗い。
 出発の時間ではないだろう。
「どうしたの?」
「一緒にヘーレンに行こう。」
 私は体を強張らせた。
「――行かない。」
「リズが、今日、僕に使ってくれた術、あるよね?」
 リジィが教えてくれた術か。
 酷く強力な術だった。
 呪術では不可能であるという通説である、即効性を表したように。
「ヘーレンにはあんな術がたくさんあるよ。」
 無意識に私の肩は震えた。
「あれはヘーレンに伝わる呪術でね、ヘーレンの呪術師以外は知らないんだ。」
「――私もヘーレンの呪術師じゃないし。」
「でも才能ある者になら、それは授けても問題ないとされている。」
 リジィは私に手を伸ばした。
 それはとても誘惑的で。
 私の指先が微かに動く。

 駄目だ。
 この手を取ってはいけない。
 私は家に帰るのだから。
 レオナールとフェリオと。
 それで父母にただいま、と言って。
 ――でも。
 少しだけなら。
 本当に少しだけなら。
「リズ。」
 リジィが囁く。
 お願いだからもう私を惑わせないでほしい。
 でも私は、耳を塞ぐこともできなくて。
「おいでよ。」
 私は生唾を飲み込んだ。
「ヘーレンは隠れ里だから、今しかチャンスはないよ?」
 そうやって、また。
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