呪術師の娘

□五十四章 表と裏
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 けれども群れじゃないからといって、今の私の状況が絶望的なのは変わらなかった。
 私は何の攻撃手段も持たないただの呪術師。
 魔物に襲われても、ただ食べられるだけ。
 そんなのは嫌だ。
 でも、獰猛な瞳は真っすぐに私を見ていて。

 怖い。
 死にたくない。

 けれど動くことすらできなくて。
 低く唸って魔物は私に飛び掛かる。
 助けて。
「レオ――。」

 結果として。
 私は助かった。
 魔物は私の上に落ちてきたけれど、事切れていた。
 とても臭い。
 生臭い血が私の顔を、髪を、服を汚す。
 血飛沫を上げる喉に突き刺さっているのは一本のナイフ。
「大丈夫か?」
 レオナールじゃない。
 けれど私は助かった。
 生き存えることができた。

 私は今ほど、この変態ストーカーに感謝したことはない。
「クレイシアさん――。」
 ぽろぽろと涙が零れた。
 暖かい。
「血の臭いを嗅ぎ付けて他の魔物が来る。行くぞ。」
 腕を引っ張られて私は立たされる。
 けれども、立つ、ということを忘れてしまったように私は上手く立ち上がれなかった。
「歩けるか?」
「肩、貸してもらっていいですか?」
「あぁ。」
 そしてクレイシアに連れて行ってもらった場所は川だった。
 浅くて、心地好いせせらぎが聞こえる。
「洗え。」
「ありがとうございます。」
 川に手を浸す。
 とても冷たかった。
 けれども魔物の血が臭いし気持ち悪いので、私は我慢して血を洗い流した。
 服に着いた血は薄くはなったけど消えはしなかった。
 気持ち悪いけど仕方ないだろう。
「――夜の散歩は感心しない。」
 クレイシアに窘められる。
 散歩なんかじゃない。
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