Novel

□ストップモーション
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一瞬時間が止まって、3秒後、目を開けるとスローモーションで時間が過ぎて、5秒後、人々が再び慌ただしく歩き出す。
私には時々、自分でも理解の仕様がない、視界がぐらつく様な別の空間に飛び込んだような、そんな感覚に陥る。
現在まで流れていた動画を、兄貴に停止されたような気分になる。それは頭痛の後に決まってくる。


制服のスカートの丈を短くしてから、私は家を飛び出し自転車のギアを上げて学校へ向かった。
短いスカートの裾から見える太腿は、自分で言うのもなんだが、細くて筋肉質だ。
駐輪場に自転車を止めて、規則正しく上履きに履き換えた。
教室に入ると、もう少しで来る夏休みの予定を、クラスメートは次々と口にする。教室は騒然としている。

私は陸上部で、誰もが羨ましがるような、充実した生活を送っている高校3年生だ。受験生だというのに、私は遊び呆けている。
私の両親は、そんな私を裏から見守りながらも、期待が崩れそうなくらい足許がグラついている。少しくらい察するけど、勉強なんてしたくない。

「おっはよー、加苅(かがり)!」
「おはよう」

この金髪のチャラそうな男は河知 弘(かわち ひろむ)と言って、私の親友である。年中彼女をとっかえひっかえで、どれが本命なんだか分からない。
そして、河知の背後にいつもくっついている、せいたかノッポは浦和 町頼(うらわ まちなり)。坊主に近い短髪は、この季節になると汗を光らせて、それはそれは眩しい。
3人とも違うクラスだが、中学の時から仲良しは変わらずに、今でもその中を深くはぐくみ中なのである。
そんな私達を見て、クラスメートの女子は羨ましがる。二人が私の所に来る度に、こちらに寄ってくる。

「町頼君って、野球部なんだよねえ。今度ボールの投げ方教えてー」
「河知君アドレス教えてー」

次々と色仕掛けをした女子たちが二人を口説く。みっともなく制服を乱しながら、朝日が反射する窓に近づいてくんじゃないよ。

「後で教えてあげるからあー」

河知は屈託のない笑顔でひらりと身を交わす。しかし、馬鹿がつくほど正直で生真面目な町頼は、彼女達の"御"誘いを断ることなどできない。
因みに"御"誘いの御には、彼女達に対してのほんの少しの皮肉を込めてある。

しかし、それでも尚、何故断った河知に絡むのだ。気にくわない。

別に私だけの河知だから町頼だからとかじゃなくて、二人の気持ちを理解できない彼女達を蛇蝎視してしまう。
そこで、私がついと口を出してしまうのだ。

「はいはい、そこまで」

彼女達の肩をグイっと押し、河知のみぞおちを突いた後に、町頼の安堵した顔を確認する。
こんなことが、もう何度あったのだろう。
1年生の時から男二人を手玉にとり、仲良しこよしだなんて噂が広がり、それからすっかり、私は女子から敵対視されている。鋭く睨まれる。
迷惑なんだから、いい加減そこらへん、気がついてほしい。二人が私を女としては見てくれているなんて、みじんも感じられないじゃん。
私は退屈になったから、席に座って頬杖をつきながら空を眺めた。

「夏の雲って、馬鹿っぽ」

女子達が私に対して燃やす下らない闘魂、早く凍てつきやがれ。
「馬鹿」にのせて思い切り雲に八つ当たりしてやった。ただひたすらに、悠然と泳ぐな。夏の日差しはじりじりと、肌を焦がしながらぐらつく。

「俺もそう思ってた」

町頼が冷ややかに言った。クーラーで十分なのに、それの所為で寒くなった。それで、町頼は河知の背中をぐいぐい押しながら、この教室から姿を消したのである。

町頼の言い方にくすくすと私を嘲笑する声。ほら、何も分かって無いじゃん。

町頼はいつも冷めてる。こんな真夏でも溶かせないし、けれど一応野球部。心の奥にきっと、塵となって爆発しそうな物がある。
勝ち誇る女子達を無視しながら、私はようやく始まった授業の中で、ノートに野球ボールを描いて遊んだ。

誰にも真似できないであろう短髪が、風で揺れた。
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