第2回謙光祭

□背中
1ページ/3ページ


9.背中(謙也←光)


しくじった。
教室移動ん時、クラスメートがふざけて背中に覆い被さってきた。いきなりやったから、思いっ切り前のめりになった体を支えるために踏み出した利き足。勢いが良すぎたんか、どうやら踏み出した時に軽く捻ったらしい。
そん時は気にならんかったから、ほんまにたいしたことなかったんやと思う。ただ、午後に体育があって、今日は運悪くマラソンやったんや。かったるいしサボったれ、そう思うてたら、グラウンドに向かう途中で会った部長に、「ちゃんと真面目に授業受けるんやで。俺らんクラス、自習やさかい、サボっとらんか見とるからな。サボったら、チューかますで」なんて言われて、サボるわけにいかなくなった。
部長はやる言うたらやる人や。ほんまにキスされかねない。嫌や。そんなファーストキス。
やっぱファーストキスは、好きな人としたい思うとる。俺の、そんな淡い望みは、今のところ叶う筈ないんやけど。
部長と一緒に居った謙也先輩を、チラリと見る。今日は朝練がなかったから、今初めて見た。いつ見ても、かっこええ。
今現在、四天宝寺中1年財前光が恋しているのは、金髪に負けない程の眩しい笑顔を見せてく
れる、四天宝寺中2年、忍足謙也先輩。……れっきとした男である。
同性に恋するなんてないわ〜、と思いもしたけど、憧れでは片付けられない感情に、この気持ちを認めたのは、つい最近。それから、絶対バレんように、ひた隠しにしとる感情。元々、感情が表情に出にくいから、隠すのは楽だった。
ただ見てるだけでええねん。そりゃあ、謙也先輩に彼女とか出来てそれを見てまったら、悲しい気持ちになるけれど、謙也先輩には真っ当な道を歩いて欲しいねん。謙也先輩かて、俺みたいな可愛げない男に「好きや」言われるより、かわええ女子に言われる方がええやろ。
軽く頭を下げ、先に行ったクラスメートの後を追って、グラウンドに出た。


体育が終わって、気怠い中今日最後の授業を受けとる時。不意に足首がツキリと痛んだ。気のせいかと思て足首を動かしてみたら、やはりツキリと痛む。
そんなに激しい痛みやないから、軽い捻挫かな思うた。
顔をしかめる。痛みのせいではなく、この後にある部活への影響を考えてだ。
たいしたことないから部活には出るつもりやけど、部長を筆頭に、先輩方はこんな俺を何故かめっちゃ可愛がってくれていて、ちょっと怪我をしようものな
ら我先にと保健室へと連れて行こうとする。
嫌われるより可愛がられる方がもちろんええし、保健室に連れてってくれるのは有り難い。でも、何でみな揃って姫抱きすんねん。恥ずかしいけど、普通におんぶでええやん。
やから俺は、なるたけ怪我をせんようにしとる。
そんなのに、足捻挫しました〜、言うたら。考えたくないが、歩くな言われて家まで送ってくれそうや。もちろん、姫抱きで。
ちょっとした見物やで。男子中学生が、男子中学生に姫抱きされて帰宅する姿。
意地でも隠し通すしかない。部活をサボる気は、毛頭ない。やって、部活サボったら、謙也先輩に会えへんやんか。
痛む足を庇わんように、気を付けなあかんな。そう思うた。


そう思うたものの、やはり無理やったかな、と少し後悔。
徐々に増してくる痛みに、どうにもならんくて、あまり動かんでおった。今日が、自主練の日で良かったわ〜。
フェンスに寄りかかりながら、謙也先輩のテニスを見てた。
ダブルスの練習をしとるけど、相方の動きの悪さにイライラする。あんなやったら、謙也先輩のスピードテニス、生かせへんやんか。俺やったらもっと上手くやるのに。ああ、もっと実力
をつけて、早よレギュラー入りしたいわ。そしたら、謙也先輩と……。
そんなん思い描いて、想像だけで幸せになれる俺は、謙也先輩のことに関してだけはポジティブだ。
1人で幸せに浸ってたら(表情には一切出とらんで。出してたら、怪しい人やん)、足元にボールが転がってきた。
足を庇うようにして拾ったら、謙也先輩が側まで来てて。

「おー、すまんなぁ」

俺の手から、ボールを受け取る。
すぐに戻るかと思えば、先輩は俺をしげしげと眺め。
何やろ? 首を傾げて視線を返す。

「……あんな、財前」
「はい」

何でこの人、顔を赤くしとるんやろ?

「ちょおごめん」

言ったかと思えば、いきなり体のバランスを崩され、思いっ切り利き足に体重が掛かった。

「〜〜〜!!!」

油断しとっただけに、繕うことも出来んくて、顔しかめてまった。

「やっぱり……」

何がやっぱりやねん。
涙がうっすら滲んだ目で謙也先輩を見れば、溜め息を1つついてコートに向かってボールを投げる。

「堪忍! ちょお中断させて。財前、保健室に連れてくわ」

謙也先輩の言葉を聞いてすぐに部長が飛んでくる。

「謙也。財前、どないしたん?」



 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ