第2回謙光祭

□仲直り
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3.仲直り(謙光)


謙也さんと喧嘩をした。


いつもはどんなに俺が嫌や言うても聞かずに引っ付いてくるくせに、今日は目も合わせてくれへん。
昨日、謙也さんちに遊びに行った時、ちょっと言い合いになった。確かに俺も悪かったが、謙也さんかて悪いんや。あないなことで、怒るなんて。
ムカついて、謙也さんちを飛び出して。
そういうことはたま〜に、ホント極たまにあって。そんな時は、飛び出した俺を心配して、必ずメールか電話をくれる。なのに昨日は、それがなかった。よっぽど、頭にきたんやな。
でも朝にはいつものように、「早よ起き。朝練に遅れるで」てモーニングコールして、迎えに来てくれる思うてたのに。
優しくて大らかな謙也さん。
どんなに怒っていても、次の日まで引きずらない。筈だったんやけどな。
今朝、モーニングコールもなければ迎えもなかった。
気になって早よ目が覚めた俺は、携帯を睨みつつ謙也さんからの電話を待っていたが、家を出る時間になっても鳴らなくて。
このまま待っとったら遅刻してまう、と学校に行ったら、既に謙也さんはコートに居って。
なんやねん。俺を置いて来とったんかい。
謙也さんがその気なら、俺かて
謙也さん無視したる。そう思ってしもたんは、俺のせいやないで。
普段、どちらかってぇと、謙也さんから絡んでくることが多い。謙也さんは、俺に構ってないと駄目なんやから。きっと、すぐにでも音を上げるに違いない。そしたら、冷たくあしらったろ。俺を置いてった罰や。
……寂しかった腹いせやないで。断じてな!


そう思うとったのに、今日はことごとく予想外な行動を取る謙也さん。
いつも一緒の昼食も、誘いに来なくて。普段、昼に教室に居ることがないから珍しいらしく、しゃーないから俺が謙也さんを迎えに行こうとするより早く、クラスメートがここぞとばかりに構ってきた。同級生に構われる俺って一体……。
部室に向かう前に、謙也さんのクラスに寄ってみれば既に居なくて。どうやらとことん、俺んこと無視するみたいやな。
仕方なく1人で部室に行けば、ちょうど謙也さんが着替えていた。
入って来た俺をチラリと見ただけで、また目線を逸らす。
ほんまなんやねん。あないなことで、そこまで怒ることないやんけ。
ロッカーが隣やから、黙って横に立つ。
俯いた俺の目には、謙也さんの手だけが入る。謙也さんと居るのに、空気が重い。
なあ、何か言うてや。昨日の文
句の続きでもええから。
付き合い出してから、こないに謙也さんと話さんのは初めてで。
謙也さんは俺と話さんくても平気なんやな、と思うたら、なんや俺ばかり謙也さんが好きなように思えてきた。
だって俺は、今こんなにも苦しくて辛い。側に居るのに、謙也さんと俺の距離は遠い。

「、ぅっ……」

悲しくて辛くて。
着替えが済んで、出て行こうとする謙也さんの気配が遠ざかるのが寂しくて。
気付けば涙が頬を伝っていた。
俺は、ぎょっとして振り向いた謙也さんの横をすり抜けると、部室から走り去った。


走って走って辿り着いたんは、謙也さんと俺のお気に入りの場所。あまり人が来んから、人目を気にすることなく、引っ付いていられる場所。
いつもは2人で足を踏み入れる場所に、1人で来るのは更に寂しさが増した。
急に走り出したから、息が乱れるのが早い。堪えきれず膝をつき、その場で座り込んだ。膝に顔を埋めて、嗚咽を洩らす。
泣いてないで、早よ謝ってまえばええて分かっとる。でももし、話し掛けても無視されてまったら。それが怖ぁて話し掛けれへん。
どうしよう。どないしたらええんやろう。
時間にしたら、多分数分しか経
っとらんかったと思う。じゃりっという地面を擦る音で、誰かが来たのが分かった。
……『誰か』やない。謙也さんや。顔なんか見えんでも、それが謙也さんて、俺には分かる。謙也さんがどんな人混みに紛れようと、俺には見付けれる自信がある。
泣いとる顔なんか見られたくないから、膝に埋めたまま動かんといた。
俺を見下ろしていた謙也さんの気配がふっと動くと、背中にほんのりと暖かい物が当たる。……謙也さんの背中や。俺に寄りかかってる。

「光」

謙也さんに名前を呼ばれて、その優しい声音にまた涙が溢れた。1日も経っとらんのに、懐かしささえ覚える。
謝るんなら今や。

「……謙也さん」

背中越しに声を掛ける。

「昨日は、ごめんなさい」
「俺も、ごめんやで。言い過ぎたわ」
「俺、謙也さんこと、いっちゃん好き。昨日言ったこと、嘘やから」

背中に感じていた体温がなくなったと思ったら、後ろから抱き締められた。前に回された謙也さんの腕に、そっと触れる。

「俺も、光んことがいっちゃん好き」



 
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