第2回謙光祭

□尾行
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1.尾行(謙也←光)


部活がない放課後。
特に何もなかったが、真っ直ぐ家に帰るのもつまらないから、ふらふらと寄り道をしていた時。少し先に、後輩の姿を見付けた。

「あれ? 財前やんな」

2年に上がり、初めて出来る後輩に膨らませていた期待を一気に萎めた件の1年生、財前光。
1年ながら、ふてぶてしい態度に耳にジャラジャラつけたピアス。まるで無駄だと言わんばかりに、愛想笑い1つ浮かべない表情。
「名字で呼ばれるのあまり好かんから、謙也くんでええで!」と言ったら、他の1年は素直に「謙也くん」と呼び始めたのに、財前は1ヶ月経った今も「忍足先輩」呼び。
先輩になあなあな態度を取りたくないのかも知れないが(変なとこで財前は真面目だから)、こっちがいいと言っているんだから別に構わないのに。財前にだけ距離を感じるのは、俺の気のせいじゃないと思う。
テニス部に入部してから今まで、財前が笑っているところを見たことがない。
孤立しているわけではない。同級生達とは、上手くやっているようだ。
あまりに笑わないから、財前と同じクラスのやつに、

「財前て、クラスでもあないに無愛想なん?」

て聞いてみたら、

「いや、普通に笑いますし、あいつああ見えて、お笑い好きなんですよ」

なんて、信じられない答えが返ってきた。
財前が笑う? しかも、お笑い好き? 嘘だろ?
そんなに想像力が豊かでない俺の脳みそでは、笑顔の財前なんて思い浮かばない。せいぜい口角を上げて、不敵に笑う顔しか想像つかない。
俺にだけ笑わないのかと思えばそうではないらしく、他の2年も3年の先輩らも見たことないらしい。どうやら、1年といる時だけ笑うようだ。

「財前、笑うと意外に幼い顔になるから、謙也くんら見たらびっくりすると思いますよ」

その言葉に俄然興味が湧いて、俺やユウジらが笑わかそうとしたが、一切無駄に終わったのは、つい先程。
周りは爆笑してるのに、くすりとも笑わない財前は、「もうええですか? ほなお先に」と、部室を後にした。
その後すぐ俺も部室を出て、どうすれば見れるんだろう、と寄り道しながら考えていたところに財前がいたもんだから、思わず隠れて様子を窺う。
コンビニにでも寄ったのか、袋を片手に提げて俺の前を歩く財前。
声を掛け辛いし、かといって追い越すのもなんだし。距離を開けて後ろを歩く。
学区は違ったが、家はそう離れ
ていないようだ。見慣れた風景に、知らずに入っていた余計な力が抜ける。
財前は俺に気付くことなく、通り掛かった公園に入って行った。
そのまま帰っても良かったのに、何となく財前の後を追う。
目的があるのだろう。迷いのない足取りで、茂みに分け入る。
さすがに気付かれるから、別の方向から様子を窺った。
財前は木の下にしゃがみ込むと、何かを抱え上げる。

「ええ子にしてたか?」

初めて聞く優しい声音に、驚愕した。財前も、あんな声音で話すことがあるんだ。
聞こえてきた声から、抱え上げたものが子猫だと分かる。
そっと覗き込めば、茶色の子猫を大事そうに抱えている財前がいた。優しい声音に優しい表情を浮かべて。
しかも、あんなに苦労して結局見れなかった笑顔の財前がそこにいて。
子猫に向ける柔らかい笑みは、財前のクラスメートが言っていた通り、どこか幼げで可愛かった。
……ん? 可愛い?
そう思ってしまった自分に焦る。可愛いってなんだ。財前は男だっていうのに。
パニックに陥っている俺の耳に、更に驚くような言葉が入ってくる。

「必ずおかんを説得してみせるからな。それまでもうちょい待っとってな、ケンヤ」


 
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