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□An opportunity
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本当に、ちょっとしたキッカケだった。
夏の暑い日、教室にクーラーが着いていないこの学校は、この季節は常に窓が全開である。
それなのに風は全くと言っていいほど吹かず、教室の中は蒸し暑かった。
こんな中でまともに授業を受ける人など皆無で、教師の話を聞いている者も何人か居たが、皆一様に目が虚ろだ。
ヨハンは一階のグラウンド側の窓際の席だが、無風のせいで男にしては少し長めの髪が、汗をかいているためうなじに張り付いてしまっている。
うっとおしくて後ろで纏めて持っていると、トントン、と肩を控えめに叩かれた。
「なに?」
出来るだけ気だるさを声に馴染ませぬよう、髪を持ったまま無理をして明るく返事をしながら振り返ると、後ろの席の女子がにこっと笑い、授業中だったせいか、幾分声を潜めて「ゴム使う?」と聞いてきた。
「あー…ああ、貸して」
そろそろ髪を持つ腕がダルくなってきたところだ。
その女子は自分の手首につけていた色とりどりのゴムの中から青を選び、ヨハンに渡した。
「ありがとう」
少しオーバーな程に女子に顔を近付けて小声で礼を言うと、女子は顔を赤らめた。
それは暑さのせいだけではないだろう。
前を向いて髪をさっと束ね、授業が終わるまであと5分、せめて最後くらいは話を聞くフリだけでもしようと黒板を見た瞬間、グラウンドからピーッと聞き覚えのある笛の音が聞こえた。
ふとそちらに目をやると、丁度どこかのクラスがしていたサッカーの試合が終わったところだった。
まだ興奮がさめないのか、笑いながら歩く生徒の中に、なぜか目に留まった生徒がいた。
その生徒の茶色い髪は、汗で濡れたせいで、太陽の光に当たってキラキラと輝いている。
思わず目を奪われじっと見ていると、その生徒は不意にこちらを見た。
「(あ…)」
やばい、と思って目を逸らそうとしたその時、にこっと微笑まれ、腕をいっぱいに伸ばして手を振られた。
振り返そうか迷っていると、校舎の玄関から「十代ー!」と誰かを呼ぶ声が聞こえ、その生徒が「おう!」と返事をして校舎の方に走って行ってしまった。
「十代…」
ヨハンは、さっきまで十代がいたグラウンドを見ながら、名前を呟いた。