旧拍手

□崖っぷち
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「ここにxを代入して計算するとyが求められるだろ?んで、この答を利用して次の式にあてはめて…」
「う〜ん、ん〜〜〜……?」
「…十代、解ってないだろ…」

夕陽が射し込む放課後の教室。
黄金色に煌めく夕陽は教室全体をオレンジ色に染め上げ、二人を優しく照らす。つい30分前まで教室内には二人を除いて数人の生徒が残っていたが、下校時刻をまわって皆帰ってしまった。だから今は、一つの机を使って勉強を教えているヨハンとうんうん唸りながら教わっている十代しかいない。
「ここまでは解るんだけど、そこからが解んねえよ…」
十代が教科書を指差しながら言う。
「ん?どこだ?」
ヨハンは十代が指差した数式をよく見ようと、机に身を乗り出した。
「だから、ここ………、!」
「?……、っ」
十代のハッと息を飲む音が聞こえて、ヨハンが何事かと顔を上げると…十代の顔が、物凄く近いところにあった。
お互いから目を逸らすことが出来ず、暫く見つめ合う。10秒か、20秒か……時間なんて分からない。
最初十代は驚きからか目を見開いていたが、ふとした瞬間に、夕陽の照り付けでは説明出来ないほど真っ赤に頬を染めた。それと同時に少しだけ目が伏せられ、顔の向きはそのままに視線がヨハンから外される。
それが、合図だった。
ヨハンは十代の後頭部に掌をあて、二人の間の残りわずかの距離を縮めて唇を重ねた。十代のしっとりして柔らかくて温かい唇はヨハンにとっては恐ろしく魅力的で、一瞬たがが外れてしまいそうになるがぐっと堪える。程なくして十代の唇の合わせ目が僅かに開き、それに誘われるようにヨハンの舌が入り込んで熱い口内をそっと舐めた。十代も、ヨハンの舌をおずおずと舐める。
子猫がミルクを飲むような、ただ舌を舐め合うだけの何のテクニックもない子供のようなキス…親愛と愛情が混ざったもの。
ヨハンと十代は友達で、親友だったにも関わらず――ひと月前の、あの雨の日から全て変わってしまった。静かに涙を流しながら雨に濡れる十代に、ヨハンがキスをしたときから。
ヨハンはキスをしながら思う。俺は多分十代が好きで、十代も多分俺のことが好きなのだと。
しかしそれを確かめる勇気も術も、今のヨハンと十代には無い。
曖昧な位置に立っていることを二人は自覚しながらもあと一歩が進めないために、明日も何事もなかったような振りをし続けるのだ。

「おはようヨハン!」
「おはよう十代!」





End

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