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□口先
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許されない気がした。
灰色に冷え込んだ空気に白い息を馴染ませて、視線を下げる。
中に着込んだカーディガンの袖を引っ張り出して指先まで埋めながら綺麗に舗装された寮までの道を歩けば、心まで灰に染まっていくようだった。
否、
染まっている。
既に重く垂れ込んだそれを見て見ぬ振りをしながら笑うのだ。
気付かれてはいけない。
それだけが頭に残って、不意に縋りそうになる自分を笑顔で殺した。
大好きな人には大好きな人がいて、大好きな人は大好きな人と結ばれた。
そんな彼を大好きな自分は一人、寒空の下を歩いている。
いつも隣にあった温もりは俺の近くを飛び回る。ひらひらと舞う桜の花弁の様に指先を掠りながら、執着する俺を嘲笑って消える。
いっそのこと嫌ってくれれば良いのにと思うのに、嫌われたくないと思う自分がいて頭の中はぐちゃぐちゃだ。
いつ、こんなに好きになってたんだろうか。
突き放せないし、突き放されたくない。でも一緒にいるのが辛い。
笑う悠を見るのが嫌だった。
そんな事を思う自分はもっと嫌だった。
気付けば、周りに人影はなく閑散としていた。
まるで世界にすら置いていかれたようだ。
自嘲気味に口角を上げれば、ふわりと白が舞った。
「…ばかみてぇ。」
髪に、制服に、マフラーにまとわりつく白はゆっくりと溶ける。
手を伸ばせば簡単に捕まるそれは直ぐに消えて手を濡らす。
滲む視界に黒がちらついて離れない。消えない。
どんなに足掻いても決して手に入らないそれはとても綺麗で触れることさえ躊躇われるようだった。
『おめでとう。』
『え…奈緒、見てたの?』
『ばっちりな。』
『……ありがとう。』
ばかみたいだ。
俺一人、残されて。
ずっと一緒にいたのに、あっさりと遠ざかった背中。
そんなの、他の誰にされても良い。だけどアイツにはして欲しくなかった。
置いていくなと叫びたい。
俺だってお前を想っていると知ってほしい。
少しで良いから、意識してほしかった。
「だっせー、」
これほど情けない思いをしたのは初めてだ。
好きな人の幸せを、こんなにも邪魔してやりたい俺は 死ぬほど情けない。
器の小さい男だと思い知る。
深く吐いた息は降りてくる雪に逆らって上へと登る。
灰の空にぽっかりと浮かんだ白は景色に薄れて消えた。
消えて、見えなくなった。
口先
おめでとう、だなんて白々しい台詞を良くも言えたものだと笑う。
だが、絶対に気付かれてはいけない。
アイツの隣に居続けるためには、こだわり続けるしかないのだ。
嫌われたいのも、泣きたいのも所詮俺のエゴで意味はないのだから。
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