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□すすき
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泣くな、と言い聞かせた。
目の前にいる綺麗な幼馴染みに言っているようで、自分に言い聞かせたその言葉は余計に涙を誘った。
嗚咽を堪えれば、みっともない声が喉の奥からせり上がる。

水の膜で滲む景色に怯えながら春の暖かい芝生に座り込んだ。
鳥が囀ずり、柔らかく降り注ぐ陽射しは穏やかな春の一日を忠実に再現していた。そんな美しい日に、俺達は静かに泣いた。

原因は誰しも経験があるだろう些細なことだった。
使用人達はとっくに気が付いていたのだろうと思う。だけど、幼い俺達は必死に隠しながら広い広い芝生にが生い茂る庭で怪我をした雀を飼っていた。
飼っていた、と言うのも躊躇われる程杜撰なものだったと思うが、あの時確かに俺達はあの小さな鳥を飼っていた。

怪我をしたそれを見付けたのは悠で、多分猫の仕業だろうと憐れんだ。
木箱に毛布を敷いて、小さな命を横たえた。毎日餌をやり、大事に大事に飼っていたのだ。

その時、確か俺達は小等部の3年だったと思う。放課後、可愛い顔をした同級生に囲まれながらも話などせずに早く車に向かったのを覚えている。

俺達の手から餌を食べてくれるまでなついた小さな命が愛しくて可愛くて、毎日が楽しかった。

だが、所詮鳥。
怪我が治ればやがて自然に還るのが条理というもので、ある日、俺達を出迎えたのは丸く穴が空いた木箱だけだった。


「泣くな。」


涙でぐしゃぐしゃな顔を無理に取り繕って悠に言った。

哀しいのは同じはずなのに、俺はいつしか去っていった雀の事など忘れ、ただ悠が泣いている事だけがどうしようも無く苦しくて泣いた。
笑って欲しいと幼心で強く望んだ。表情を変えない幼馴染みは泣くと一層儚さがまして空気に溶けてしまうんじゃないかと錯覚する。
泣くなと言い聞かせながらも、何の反応も示さない悠が本当に壊れてしまったようで悲しい。
悲しくて、どうしたらいいのか分からなくて二人して泣きながら途方に暮れる。

綺麗な幼馴染みは綺麗な涙で頬を濡らしながら一度だけ、俺を見た。


泣いていても歪むことの無い悠の美貌は唯一、笑った時のみ醜く崩れるのだ。


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