t e x t

□18
1ページ/4ページ





「あれ…。」


食堂に着き二階の役員席に上がったが、奈緒の姿はない。
もう夕食を食べ終えて帰ったのだろうか。いや、そんなに長い時間話し込んでいたわけではないからもしかしたら食べずに帰ったのかもしれない。
悪いことをした。

鈴木圭も食堂に着くなりさっさと離れて行ってしまい、結局一人で夕飯を取る。



「瀬戸…?」



二階の役員席に直通している唯一の入り口から出てきたその人は会いたくて会いたくて仕方がないくらい会いたくなかった人。



「…緋月、」



真っ直ぐ俺を見る緋月の目は揺るぐことなく俺を射抜く。

『緋月冬哉が好きだから?』

不意に頭の中に緩く響いた言葉を振り払うように曖昧に微笑む。


忘れろ


ぐちゃぐちゃな頭の中でそれだけが浮かび上がって拳を握り締める。


「今朝はごめん。」

「あぁ、気にするな。」


そう言って笑った緋月がどことなく安心した様に目を細めた風に見えて、顔に熱が集まった。
心配、してくれていたのだろうかと淡い期待を抱く自分を諫めながらやんわりと笑う。


「ありがとう。」


一瞬、さっき寮で奈緒に言われた事が頭を過り、誤魔化すように咄嗟に出た言葉に俺自身が酷く驚いた。

それにも緋月は動じずに穏やかに笑った。

折角同じ場所に居るのに別々のテーブルにつくのは不自然だから、ぎこちなく俺達は夕食を共にした。

いつもなら嬉しくて穏やかな至福の時を満喫できるはずの状況にありながら、心から楽しめない理由は分かっている。


『緋月冬哉が好きだから?』


どういう意味だろう。
俺が緋月を好きだと、翠は何か困るのだろうか。

そんな事を思っても翠が困る理由が見付からない。まさか翠も緋月が好きだとか…?


「明日、」

「え?」


向かい合うようにテーブルに座っている為に、顔を上げれば直ぐ前に緋月がいる。
かち合う視線に心臓が鳴り、目が外せない。

どうにか表情を繕いながら首を傾げる。


「明日の代表会議、来てもらえるか?」

「…うん、構わないよ。」


今まで、月一で行われる代表会議に参加するのは会長である緋月と副会長の篠崎、書記の竹内だけだったのに一体どうしたのだろう。
気にはなるが、明日になれば分かることだ。
取り敢えず了承した事を伝えるだけに留める。


「悪いな。」

「気にしないで。」


顔をしかめながら謝罪を口にした緋月に、やっぱり何かある事を察したが聞かない。
緋月が言わないのだから、知らなくても問題は無いと言うことだろう。


「夜、瀬戸のパソコンに明日の資料を送っとく。」


今日は少し寝たので、多少寝るのが遅くなっても問題無いだろう。

二人で食堂を出て、今朝と同じ様に部屋のある階までエレベーターで行けば、左右に伸びる廊下の真逆に位置するお互いの部屋に帰るために背を向ける。

その少し前、エレベーターの扉が開く直前。

分からないことがあったら電話しろ、
と頭を撫でられ、なんだか幸せな気持ちで部屋に向かった。



『緋月冬哉が好きだから?』



きっとそうだ。

彼以外に戯れにでもキスが出来ない位、緋月冬哉が好き。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ