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「…った。」
目覚めは最悪だった。
頭は痛いし、目もうまく開かないし本当に散々。
今の俺はきっと酷い顔しているとおもう。
そして更に最悪なのは緋月の前で取り乱してしまった事。
いっそ記憶が抜け落ちていれば楽だったのに、人生はそんなに甘く無いらしい。きっちりと覚えている。あの後、大した言い訳もせずにエレベーターのドアが開いた瞬間に駆け出して、非常口から外に出た所まではきっちり。
その後は曖昧で、どうやって此処まで帰ってきたのかまるで分からない。
しかも窓の外の景色、空はもう赤い。
「……初サボり。」
授業を抜ける事は度々あるものの、寮まで帰ってきてしまうのとか、一時間も授業受けないとか、初めてだ。
鈍く痛む頭を押さえながら重苦しいため息を吐いたとき、ガチャリ とドアが開いた。
「目ぇ覚めた?」
「……翠、?」
思いがけない人物の登場に動きが止まるも、一際大きな頭痛の波に離せないでいた目線があっさりシーツに沈んだ。
「ん。」
差し出された水を受け取ると、ベッドの縁に腰を下ろした。
「ありがとう。」
出した声は掠れていて我ながら情けない。
そんな気持ちを押し隠すように蓋を捻ればパキリと音を立てて回り出す。
かさついた唇にも水が染みて、喉に流せば冷たい水がじわりと広がった。
時計の秒針が動く僅かな音しか聞こえない部屋に定期的に俺の喉が鳴る音がする。
そのお陰か、何も考えずに飲み下していた水を気のすむまで体内に流し込み終わり、ボトルに蓋を戻す頃には既に500mlの半分以下しか残っていなかった。
「……大丈夫か?」
不意に抱き締められて、耳元で力なく呟かれた言葉。
目を閉じればすぐ近くから香る幼馴染みの匂い。嗅ぎ慣れたそれは胸にじわりと馴染んで真っ黒な心が洗われるようだった。
心地好い
安心する、優しい匂いがする。
「へいき…。」
肩口に埋もれながら返事を返せば吃驚する位優しい手付きで体を離される。
身長差がありすぎて翠を見上げる形になってしまうのが若干嫌だが仕方がない。
「悠。」
名前を呼ばれて、段々近付いてくる翠の顔。
いつもの事だと目を瞑れば、瞼の裏で微笑んでいたのは 緋月だった。
「――ッ翠!」
「…何、」
耐えきれずに肩を押し返せば、不機嫌な声音が下りてくる。
「…できない。」
「何で。」
「何でって…。」
真っ直ぐに見上げた翠の目はやっぱり不機嫌そうで、理由を急かす。
でも、いくら奈緒から鈍いと言われる俺でも分かる。
この状況でこんなこと言うのは得策じゃないって。
いつでも馬鹿正直に答えることが優しさではないと、いつだったか翠が俺に教えてくれたのだ。
目の前にいる、この人が。
「…緋月冬哉が好きだから?」
目を細めて意味深に呟く翠。
俺はその問いに否定も肯定も出来ず、ただアホみたいに翠の目を見ていた。
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