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「見付かる前に早く行こう。」


そう支倉を促して、それぞれのクラスの下駄箱に向かう。

憂鬱ながら何とか気持ちを上げようと努力した俺の朝を返してほしい。
まさか、今日からだとは思っていても朝から見掛けるなんて夢にも思わないじゃないか。


「大体こんなことして楽しいのかよ!!」


尚も聞こえてくる怒鳴り声にうんざりする。

多分、楽しいわけではなくてすっきりとかそういう感じだと思うな、俺は。

(自分で言うのも難だが)自分が憧れていたり尊敬或いは恋慕を寄せている相手にあんなの(人として最低限の身嗜みだとか、先輩に対する言葉遣いだったりの努力が著しく欠けている人)が寄っていったら嫌がらせ位したくなる。

というかその程度の努力で緋月に惚れるなんて許せない。

俺だって生徒会に入るまでは人に言えるような努力はしなかった。
だって相手はあの緋月冬哉だ。
努力とかそんなもので近付けるような人ではないのだ。

諦め

それが貧弱な俺のボキャブラリーの中で一番しっくりくる言葉だろう。

初めは嫌々だったけど、生徒会に所属が決まった時から努力はしているつもりだ。

堅いと言われた表情だって、毎日鏡を前に練習したり篠崎と話をしたりして最近では普通に笑顔をつくれるようになったし、人見知りだって気合いで直した。
緊張して緋月の顔も見れなかったけど、緋月の事を変に意識しないように色々したし、紅茶も珈琲も緑茶もココアも淹れられるようになった。
全然知らない緋月の事を、ちゃんと本人から聞いて。
何もできなかった仕事も、緋月から全部聞いて。

会話を重ねて。

ちゃんと向き合えるように努力したつもりだ。

他人が聞けば大したことないと鼻で笑うかもしれない、本当に些細な事を、俺なりにしてきたつもりなのだ。

緋月は余り他人に興味を示さないし、俺の知る限りでは、緋月が戯れにでも抱き付くのは俺だけだから、正直、心の何処かで安心してた。

だけど、彼は違う。

今まで緋月が他人に興味を示さなかったのは、この学園に通う生徒がある程度の分別のある生徒だったから、アピールの場が無かっただけの話かもしれない。


こんなに不安なのは、多分、本気で好きだから…。


だから


「あ!!悠だ!!」

「永城…。」


お願いだから、あんまり俺を煽らないで。


「聞いてくれよ!!下駄箱にさぁ―――…」


大声で語られる数分前の出来事。
彼の傍らには相楽くんがいて、申し訳なさそうに俺に頭を下げた。


「…もうHRが始まるから、早く教室に行って。」

「なんだよ!まだ俺が話してるのに!悠は俺が心配じゃないのかよ!?」


その理不尽な問いかけに応じる義理はない。

集まっていた野次馬達にも、早く教室に行くように急かせば人口密度は急速に減った。



時折、不安になる時はあった。

その度に焦って、奈緒や翠には迷惑をかけてしまっていた。



ざわり、


引き始めた人並みが割れて、見慣れた人物が現れる。


「あ、冬哉!!聞いてくれよ!今…」


「はよ…。今日はいつもより遅かったな、瀬戸。」

「おはよう、緋月。昨日の夜、寝付きが悪くて寝坊したんだ。」


話し掛けられたのは俺。
笑いかけられたのも俺。




落ち着かない。


多分落ち着かない理由は永城の表情。

あれは、知っている。


人混みのなかに緋月を見付けた途端に染まった頬、輝く目。気恥ずかしそうに笑った顔。

篠崎が涼輔先輩にだけ見せる顔と、同じ。


「……瀬戸、上行く。」

「あぁ、うん。」


編入生を完璧にスルーして、欠伸を噛み殺しながら背を向けた緋月に緩く頷く。
俺も教室に向かおうと踵を返すと、掴まれた手。


「いや、うんじゃなくて着いてこいよ。」

「え…?」


状況がよく理解出来ないまま、繋がれた手には逆らえずに歩を進めれば、擦れ違い様に編入生と目があった。

泣きそうな、不思議そうな、嫉妬を含んだその視線に泣きそうになった。


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