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【与えるならば無の愛を】







一年間慣れ親しんだこの階から二学年のフロアに移ってからまだ半年強。
一年の廊下は懐かしいようなアウェイのような、そんな複雑な感じがした。

通り過ぎた教室からはザワリと波打つように喧騒が静かに広がっては落ち着いた。


1年C組 竹内 祐希


1Cの教室の前に立って深呼吸をする。

元々人前に出るタイプじゃないし、今まで避けて通って来た道だというのも否定はしないし、どうしても避けられない時は奈緒を差し出したりして乗り越えてきた。
なんだかんだで二部門ランクインだか何だかで補佐にされてから狭かった世界が急に開けて、今まで経験した事がない位人と関わった。
それなりに他人と話すのにも慣れたと思うし、人前に出るのも前ほど抵抗は無くなったと自負している。

まぁ、だからといって緊張しないか否かと言ったら勿論、する。

でも自分が納得いくまで時間をかけながら覚悟を決めていると日付が変わるということも恥ずかしながら実証済みだ。




…要はノリという名の勢いだ。
それさえあれば突っ走って行けるのだから人間とは案外単純だ。



「失礼します。」



ガラリと先程までの躊躇が嘘みたいに思い切りよく扉を開けると、クラス中の視線が全て俺に集まった。
チラリと横目で黒板を見ると大きな黒板一杯に使って【自習】の二文字が書きなぐってあった。

…先生がいらっしゃらないならこんなに遠慮をしなくても良いみたいだ。どうせ後輩だし、昨日みたいに無駄に突っかかられる事もないだろうし…。



「あー、自習中にごめん。竹内祐希はいる?」



一歩教室の中に入って扉を閉める。
緋月と篠崎を見習って出来るだけ問題を起こさないようにと配慮してみる。
まぁ、俺なんかに誰も騒がないし注目もしないとは思うけど、念には念を入れてって事で。

愛想笑いを浮かべて、用のある人物を呼ぶと躊躇いがちに声が上がった。



「俺が竹内です。」



声の主は一番後ろの席にいた。
身長は高く、目は開いているのかそうでないのか分からない位細いけど、少したれ目ぎみで見る人に柔和そうなイメージを植え付ける。
男にしては少し長めの髪も穏やかそうな風貌に似合っていて嫌味な感じはしない。

…良かった、優しそうな後輩で。
緋月に限ってそれは無いとは思うが変な人じゃなくて本当に良かった。

そう思うと自然に口元が弛んでしまうのは致し方無いだろう。

出入口付近から一番後ろの席まで歩く中、静まり返る室内。そしてにやける俺。
キモいと言われても自制が効かないのだからしょうがない。

そして、竹内の席に着くと
これから一緒にあの激務をこなすんだなぁ
と染々と思うと、なんだかいてもたってもいられない気分なのは何でだろう。



「…これから、よろしく。」



差し出しもされないのに勝手に手を取り、真っ直ぐに目を見つめた。



「……え、と?」



不思議がる竹内。
そりゃいきなり教室に先輩が来て名指しで呼ばれて【これからよろしく】発言。
謎だ。
自分でやってて謎過ぎる。

その後、俺の気の済むまで奇妙な体育会系擬きのノリに付き合わされた竹内はとても可哀想だった。

だけど、巻き込まれたクラスメイトには負けるだろう。


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