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【君が泣いてしまうから】
――吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生まれたのかとんと見当がつかぬ。――
朗々とした声が読み上げる、日本屈指の文豪である夏目漱石の有名な作品、吾輩は猫である。
初老に突入しようかという白髪をたたえた教師に似つかわしくない力強い声にも関わらず、俺は眠りに誘われている。
――しかもあとで聞くとそれは書生という人間の中で一番獰悪な種族であったそうだ。――
欠伸を必死で噛み殺す。
机の隙間を縫って歩くこの教師は優しげな見た目に反して実は鬼教師なのだ。なんでも、文学を愛しすぎているとか。
――第一毛をもって装飾されるべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ。――
駄目だ。このままじゃ確実に寝る。
さっきからシャーペンで指を刺してみたり色々やっているが効果無し。
――どさりと音がして眼から火がでた。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分からない。――
「――ッて!!」
隣で堂々と寝ていた奈緒の足を踏んでみた。
ガタンッと大きな音を立てて椅子を引き、それに伴い教室中の視線が集中した。
…思ったより奈緒がオーバーリアクションするから必要以上に目立ってしまった。
そろりと目線を外したが、ガッシリと肩を掴まれてしまった。
「おいコラ悠。いきなり人の足踏むとは良い度胸じゃねーか、あ゛?」
うわぁ、奈緒人相悪い。
口角は上がってはいるが目が笑っていない。
「いや、だって堪えてる脇で奈緒が寝てるから…。」
小さな声で言い訳がましい本音を言ってみたが、ガキ臭さを自覚してしまい羞恥心が急速に肥大した。
え、いつの間にか俺が羞恥プレイ?てか自滅??
「え、あ、俺!仕事あるん、だった。」
先程の奈緒に負けないくらいの騒音を立てて立ち上がり、一度も奈緒の方を見ることなく教室を出た。
…生徒会特権、バンザイ。
眠気はいつの間にか消えていて、なんだか今朝みたいだなぁ なんて思いながら静かな廊下を進んだ。
ブレザーの内ポケットには四枚の封筒。
チラリと時計を盗み見た。
授業終了まであと30分。
暇を潰せそうな場所を脳内で探しあて、俺の足は淀みなく屋上へと向かって行った。
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