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【雨よ止まないで】
殴りたい。
「んっ…は、ぁ…ンン!!」
羞恥心が欠如してしまっている、この幼馴染みを思いっきり。
翠に常識が通じないのは常のこと(寧ろ俺の中ではそれが常識)だが、本当にこればかりは酷い。
――見られてんだぞ?――
逃げたいは逃げたいが、手足には力が入らない。
ならば、やることは一つ。
「…――ッて!」
俺の口内を我が物顔で暴れまわる舌を咬んだ。
舌って相当痛いのだろう、翠は何の躊躇いもなく離れてくれた。
しかし、浮かべた笑みがうざい。
少し位悪びれても良いだろうに、逆に誇らしげにしているのだから始末に負えない。
「おま、ホント、」
バカ。
そう続く筈だったけど、息切れが半端ないので先程まで座っていた段差に背を預けて座り込む。
まぁ座り込む、と言っても翠が離れた瞬間から既に座り込んでいたのだが。
羞恥から火照る顔を生徒会の面々に向けると、篠崎は固まり、涼輔先輩は苦笑。
そして、何故か緋月は怒りを湛えていた。
まさか、既に嫌われた、?
それもこれも全体翠のせいだ。
どうしよう、少し泣きそうだ。
「…じゃ、後はよろしく〜。」
場にそぐわない明るい声音で、俺に背中を向けた。
ヒラヒラと能天気に振られた手に引き留める気さえおきなかった。
そして、この状況の打開策が見つからなかった俺を残して翠は屋上から出ていった。
これで四人+二人が屋上に取り残された。
沈黙が辛い、というか寧ろ痛い。
ここまで来ると、実質何もやっていないのに帰るに帰れず、よもや忘れられていそうな二人が気の毒になってきた。
やっぱり、翠のせいだ。
「…とりあえず、そこの二人。風紀委員室行って。」
篠崎に言われて、のっそりとした足取りで出口に向かう二人。
その背に哀愁、とでも形容しようか。よく分からないがなんだか不憫で仕方がないものを感じ取ってしまった。
「あの、……ごめん。」
無意識に口を付いて出た言葉に空気が凍ったのがわかった。
あの二人さえ吃驚した様に立ち止まり、俺を凝視する。
「お前、こいつ等に襲われかけたんだぞ?」
呆れる よりも少し感情を含んだ緋月の声音に あぁ と納得する。
「そういえば…そうだった。」
翠が非常識な事をするからそちらに気を奪われていて忘れていた。
元はといえば、俺はリンチの為に呼び出されたのだった。
でもさっき凍った空気が溶けだしてきたのでまぁよしとしよう。
あの二人も余程の馬鹿でない限りこんな事二度としないだろう。
呼び出して、自分達が騒ぎを起こす筈が、横から部外者にかっさらわれてしまったのだ。しかも、自分達がしようとしていた事よりも高いレベルで。
こんなに恥ずかしい事ってないと思う。
「取り敢えず…」
今まで成り行きを見守っていた涼輔先輩が苦笑いでゆったりと戻り始めた空気を纏め揚げた。
「生徒会室いかない?」
それもそうか。
と緋月が同意したのを皮切りに次々と屋上を後にする面々。
そして未だに座り込んでいる俺に差し出された嫌味な位大きな手。
見上げれば青空をバックに緋月 冬哉が笑っていて…なんだろうな。
どこか冷静な頭の中で自覚できたのは早鐘を打つ心臓と少し冷たい風。
速すぎる脈に、きっと俺を殺したいんだと思った。
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