t e x t
□2
1ページ/3ページ
【雨が止むまでは】
* * * * *
俺が会長補佐に着任してから早くも一週間が過ぎた。
前任者がいない為、仕事の引き継ぎはない。一から自分で見付けなくてはならないから凄く効率が悪い。
お陰様でとても忙しい毎日を過ごすことができた。
そんな俺が今直面している問題がある。
「…悠、下駄箱ヤバくね?」
「俺も今思ってたよ、奈緒。」
隣に並ぶスーパーダルがりな美形、藍澤 奈緒さえも膨らませたガムを弾けさせながら口を開く位の問題。
「善悪入り乱れ。」
奈緒は汚いものに触るかのように人差し指と親指で手紙を持ち上げ、揺らせながら愉しげに笑った。
「だから言うなって。悲しくなるから。」
興味深々で俺の下駄箱から雪崩れてリノリウムの床にまで重なった手紙を手にした奈緒。
今奈緒が手にしているのは歴としたラブレターだが、足蹴にされている奴は剃刀入りの一風変わったお便りであった。
「ほら、」
ぽんと背を押されて一歩前進する。
振り返ると優しい笑顔を浮かべた奈緒がいた。
「片しといてやるから教室行ってろ。」
そう言って鞄を下ろし、本格的にお片付け体制に入った奈緒に慌てて声をかける。
「いいよ!俺のだから、自分でやる。」
腕を捲ってしゃがみこんだら直ぐに奈緒が俺の脇に手を差し入れて立たせた。
…朝から、しかも下駄箱でなんていう事をしてくれんだコイツは。
高校生にもなった男が軽々と持ち上げられたあげく女みたいな扱いをされて嬉しいとでも思ってるのだろうか。
この際だからはっきり言わせてもらうと
全く嬉しくない。
むしろ屈辱的且つとても悲しい。
意地になって奈緒を睨むように見ていると、急に奈緒の目が細まった。
「俺がやるからいい。悠は早く教室行ってろ。」
「だから、自分で出来る。」
素っ気なく口答えると、不機嫌な口調で痛いところを突かれた。
「…剃刀入りを見分けられないのは何処のどいつだ?」
「ぐっ……」
それを言われてしまえば反論のしょうがない。その位は流石に自覚できているのだ。
「幼稚な誹謗中傷に一々反応して傷付いてんのは?」
「……行けばいーんだろ。先に。」
完全に言い負けて俺が折れると奈緒は満足そうに笑って頭を撫でてきた。
「分かればいい。」
どうして俺の周りにはこうも大人びた奴が多いのだろうか。
何にも出来ない俺みたいな奴と親しくしてもなんのメリットも無いのに、いつもいつも助けてくれるのだ。
未だ慣れない多くの視線を纏い引き摺りながら教室に向かう。
最近漸く刺々しいモノとそうでないモノとの区別ができるようになった。
そんな事すら、奈緒に教わったのだ。
――「気ィ付ろよ、悠。緋月の親衛隊はえげつない事も平気ですっからな。」――
考えているようで考えていない俺は、奈緒に指摘されるまで親衛隊の存在すら忘れていたのだから、自分で呆れる。
俺って本当に能天気…。
まぁ詳しく言えば能天気なのではなく楽天的なだけなのだが。(大差無い、なんて冷たいことは言わないで欲しい)
.