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□貴方の前でも、上手く笑えるようになったよ
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日曜日。灰色に曇った空を背にそびえ立つ高層ビル。
地上36階にもなるそれを見上げながら溜め息が溢れる。

とうとう来てしまった日曜日。
二年ぶりになる再会に憂鬱で仕方がない。
会いたい気持ちと反比例して会いたくない気持ちが沸き上がり、そのうち均衡は脆くも崩れさって顔も見たくない衝動に駆られるのだ。
今にも踵を返したい気持ちを抑え込んで、俺は酷くゆっくりと回転扉を抜けた。


たしか会議が行われる階は26階。エントランスを抜け、一応受付に尋ねるが合っているようだった。
タイミングよく開いたエレベーターに乗り込めば、静かに閉まる扉。視線を足元に下げれば、不意に閉まりかけた扉が開いた。


「お、深波じゃん。」

「…よ。」


驚いて顔を上げた俺に、にこやかに笑いかけながらエレベーターに乗り込んできたのは北見洸希。二年ぶりに関わらず、あまり変わりの無い姿に思わず固まってしまった。
妙な間を開けて挨拶を返せば何事も無かったかのように隣に立つ洸希。


「あれから、元気だったか?」


気にかけた素振りもなく、社交辞令だと言わんばかりの態度で話し掛けてきた相手に、俺も大人な対応を返す。


「おかげさまで。そっちは?」

「仲良くやってるよ、一応ね。」


お互いに含みのある言い方に切なくなる。口に出す言葉に副音声を付けなければ会話出来なくなったのはいつからだろう。


「そりゃ良かった。」

「つーかさ、」


なんと無く、目を合わせずに当たり障りの無い会話をしていれば、不意に不自然に言葉を切って空気が動いた。
それに便乗するように俺も洸希に目を向ける。


「お前、綺麗になった?」

「―――ッ、そう言うお前こそ、また背ぇ伸びたんじゃねーの?」

「まぁな。」


真っ直ぐ俺の目をみながら、アイツは俺に酷い言葉を囁いた。
残酷な奴だと、心の中で歪に笑った。
綺麗になっただって?
それが本当なら、お前が俺を綺麗にしたんだろ。
悲しみは人を綺麗にする。
お前と別れて俺は綺麗になったんだよ。


胸が詰まるような甘い痛みは瞬時に消え失せて、ジクジクと膿んだ傷口にツキリと刺さる現実が泣き叫びたい程痛かった。


「でもさ、」


暫しの無言を経て、ゆっくり口を開いた洸希。


「やっぱり綺麗になったよ、お前。すげぇ綺麗。」

「………ありがとう、。」


軽く微笑んで、今世紀最大の強がりをかました俺に都合よくあいたエレベーターのドア。
洸希が再び口を開く前にスルリとエレベーターホールに足を踏み出せば、二人の心情はざわめきに隠れた。






貴方の前でも、上手く笑えるようになったよ






容易い。
酷く簡単だ。

笑顔の裏で泣くのも、ただ泣くのも大差ない。

表情さえ完璧にコントロールできる位大人になった俺達は、言葉に知らずに棘を忍ばせて相手を傷付ける。
俺もお前も気付かない。

笑顔の裏の 本当の顔。


『泣くなよ。』


騒がしい室内で、脳裏に静かに木霊した優しい声に耳を澄ます。
分かっているよ。心中で呟いてみては、俺は隠れて涙を流す。


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